「今回はモテるようにと言わないんですね」
「ああそのことですか」
隆志はにやけてしまいそうになるのを必死に抑えた。
「もうモテたいは卒業です。今は好きな人にだけ好かれればいいので」
隆志は言った。
「横山君好きな人いないの?」と居酒屋で椎名さんに聞かれてから半年後、運命の出会いといったら大げさかもしれないが、友人の紹介で一人の女性と出会った。明るくてとても可愛らしい女性だ。
隆志はその人に一目ぼれしたのだ。少し前までの自分なら「どうせ自分なんて相手にしてもらえない」と何もせずにあきらめていただろう。でも今回ばかりはあきらめたくない。そう思えた初めての相手だった。実は、今度二人きりで会う約束をしている。今からドキドキとワクワクが止まらない。
彼女のことを思い出していると、美容師は髪をパッパッと払い、「どうですか」と言った。
いつのまにか髪が仕上がっていた。隆志は鏡の中の自分に見入った。
「凄いです。前よりずっとかっこよくなっています。変わるもんですね」
自然に顔がほころんでしまう。自分じゃないみたいだ。
「変わったのは髪型だけじゃないですよ」
美容師はボソッと呟いた。そして「あっ、そうそう」と美容師は隆志の肩に手を置き、顔を近づけた。
「うちがモテるようになる美容室として何故有名なのかわかりますか?」
「「いえ、わかりません」
「それはね、私はかっこいい人と美しい人の髪にしか触れないからです」
美容師は隆志の肩をパンパンと叩き、ニカッと笑った。