「だから私、髪を切ろうと思って」
そう話を締めくくった舞ちゃんが、はっと顔を上げて慌てて手を振る。
「気に入っていないわけじゃないんです、杏菜さんに切ってもらって、この髪が好きなんです。でも、もう夢田さんになにも言われたくなくて……」
「大丈夫、そこは気にしてないから」
静かにぽん、と小さな肩に手を置く。切る必要はないのに、という言葉を飲み込んで自信たっぷりに笑いかける。
「ショートカット、挑戦してみよう。私が思い切りかわいくしてあげるから」
その言葉でようやく舞ちゃんが笑って「うん」と大きくうなずいた。ずっと髪を伸ばし続けていた舞ちゃんの決断を応援することが今の私にできることだ。そう思いながら私は鏡に映る舞ちゃんと改めて向き合った。
くせ毛をなるべく抑えたいけど、ふんわり感は出るようなカットを心掛けて、丁寧に鋏を入れていく。
「耳にかけれるように、少し長めのショートにしてもいいかな?」
質問にうんうん、とうなずいた舞ちゃんの表情は、来た時よりも落ち着いていて、いつものように学校の友達の話を始めた。「学校に行きたくない」と言っていたけど仲の良い友達はいるようで安心する。
「またユウと同じクラスになったんだよね?」
「そうなの、雄一郎くん、今隣の席なの。たまに教科書忘れてくるから見せてるんです」
くすくす笑う舞ちゃんの言う「雄一郎」というのは、実は私の姉の子ども。近所に住んでいて、舞ちゃんとは幼馴染だ。
姉はすでに離婚しているからユウには父親がいない。姉は休日もないくらい忙しく働いている人で、彼は小さいころからこの美容室の待合スペースで勉強やゲームをしていることも多い。そのユウも中学に上がってからはあまり来なくなってしまったから、学校の様子は聞けずにいた。
「そういうおっちょこちょいなところ、あいつ全然直らないのね」
肩をすくめて私も苦笑いをこぼしたとき、チリン、とドアベルが鳴った。
「こんちはー」
まだ声変わりの来ていない、男の子の声がしてギクッとする。噂をすれば、という絶妙なタイミングでやってきたのはユウだ。
「あ! 雄一郎くん」
「え、舞来てたんだ……って、髪すげー切ったんだ!」
その一言で舞ちゃんの背筋に一瞬で力が入る。なんて言われるんだろう、と頭の中でぐるぐると考えているのがわかる。
でも大丈夫。ユウは舞ちゃんを傷つけるような言葉は、絶対に言わない。それだけは自身を持って言える。
「舞、短いのも似合うね」
ユウがあまりにも真顔で言うものだから、舞ちゃんの背中には別の力が入ったみたいだ。ますますピンと背筋を伸ばし「え、そう、かな……」と切ったばかりの毛先に触れる。私はそんな舞ちゃんの背中に、とん、と手を当てて、鏡を見つめる。
「うん、とっても似合う。かわいいよ。だから自信持って」
セットが終わると嬉しそうに手を振って、舞ちゃんが家へと帰っていく。彼女が来週の月曜日、勇気を出して学校へと踏み出すその一歩を、少しでも支えていられますように。そう強く願いながら、小さくなっていく背中を見つめ続けた。
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