動揺を悟られないように笑顔で尋ねると、美容師も鏡越しに笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「シャンプーした時に頭の凝りがひどかったので。気付かないうちに頭が凝ってしまってる人って結構いらっしゃるんですよ」
何だ、なんとなく常連客の娘だと気付いた訳ではなかったのか。自分のイラストを自分で誉めるような恥ずかしい嘘がバレなくてよかったとホッとする。
しかし、一方でシャンプーの短い時間でそんなことまで分かってしまうとは。一生懸命他人のフリをしているが、この美容師だったら本当のことが分かってしまってもおかしくないなと思った。美容師としての技術と観察力と、そして、何でも話したくなる雰囲気。髪を整えてもらう間、本当のことを話してしまおうか、と何度も思った。
母さんにとって、この美容室はもうひとつの家なのかもしれない。心地よい香りに包まれながら髪をきれいに整え、新たな発見や喜びを共有し、時に悩みを打ち明けられる場所。私が家を出ていき、父が亡くなってから一人で暮らすようになった母さんの大切な場所。
鏡に映るすっかりきれいになった髪を見ながら、これから始まる母さんとの生活への決意を新たにする。母さんをしっかり支えてあげよう。もう一度、母さんが自分の足で歩けるように。ここへ通えるように。もうひとつの家へ帰ってこられるように。