壊れたシャッターのように、気を抜くとずるずると閉じてしまう瞼を何とか開けてスマートフォンの画面を見る。そうまでして起きているのは、今眠ってしまうと三十分後に着く予定の目的地を通り過ぎて、はるか北の終着駅まで行ってしまいそうだからだ。
それにしても、こんなに早い時間の新幹線に乗ることになるとは思わなかった。田舎へ帰るのと人気アイドルの引退ライブが重なるなんて、考えもしなかった。本人たっての希望で最後のライブは生まれ育った地元のホールでやるのだという。おかげで私がチケットを取る頃には、ちょうど良い時間に着く新幹線はとうに満席になっていた。地元の人はその経済効果に大喜びだろうが、私にとっては災難でしかない。
目をこじ開けて見ていたSNSのタイムラインには人気アイドルの引退を嘆く人のコメントが見られたが、疲れた体を無理やり起こして朝早くから新幹線に乗っているこの状況を、私も嘆きたいくらいだった。
病院から連絡があったのは二週間前だった。田舎で一人暮らしている母さんが公民館の階段で転倒し、骨折したという。手術も終わり、退院が決まったものの、しばらくは介助が必要とのことだった。母さんが頼れる身内は一人娘の私だけ。否応なく私は実家へ帰ることになった。
こういう時に兄弟姉妹がいたら、誰が母さんの面倒を見るか話し合うのだろうか。自分の生活で忙しいからと押し付けあって、喧嘩などするのだろうか。役割分担できたら良いけれど、兄弟で揉めるのも、それはそれで面倒だ。そう思うと、一人っ子も悪くないと思った。
私みたいなフリーのイラストレーターはノートパソコンがあれば、東京にいなくても何とか仕事ができる。勤め人と違って多少の融通も利く。ウェブでの打ち合わせが普及している便利な世の中でよかった。
新幹線から在来線に乗り継ぎ、最寄駅に降り立った。地元の駅はいつ戻ってもパッとしない。東京ではさして大きくない駅にでもあるカフェなどここにはないし、第一、病院から言われている約束の時間まで過ごすには時間がありすぎる。急に連絡をして会ってくれるような友人もいない。
どう過ごしたものかと思案しながら駅前の通りを歩いていると、小さな美容室を見つけた。こんな所にあっただろうか。私がこの町を出ていった後にできたのだろうか。帰省する時はいつも母さんが新幹線の駅まで車で送迎してくれるから、私が気付かなかっただけで、開業からは意外と時間が経っているのかもしれない。
外からそっと中の様子を伺ってみる。私と同じか少し若いくらいの美容師が一人、入口横のカウンターに立っていた。雨に濡れた煉瓦のようなつややかな髪の毛にはきれいにパーマがかかっている。早い時間のせいか、店にはまだお客はいないようだった。
ふと磨きあげられた美容室のガラス戸に映る自分の顔が目に入る。パーマはすっかりとれ、全体的に毛量が増えてボサボサ。くたびれたモップを乗っけた、これまたくたびれた顔にしばらく美容室へ行けていなかったことを思い出した。
そうだ、美容室へ行こう。いつもの美容室ではないけれど、幸か不幸かこうしてまとまった時間ができたのだ。パーマをかけ直そう。こちらでの生活の前にこのボサボサ頭を整えてもらうのだ。
おそるおそる扉を開ける。