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『もうひとつの家』宮沢早紀

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「予約してないんですけど、今からお願いできませんか?」
「大丈夫ですよ。パーマですかね?」
 先ほどの美容師が私の髪型を確認して言った。少し前まで乱れたモップ頭を見ていたせいで、美容師の髪がより美しく感じられた。
「あ、えっと……はい」
 美容師は人懐っこい笑顔で店内へ入るよう促した。

 一歩足を踏み入れた瞬間、全身がふんわりと心地よい香りに包まれる。都会だろうが田舎だろうが、どこの美容室でも一歩足を踏み入れた瞬間、心地よい香りに包まれるから不思議だ。その香りの正体がシャンプーなのかコンディショナーなのか、はたまたそれ以外の別な何かなのかは分からないが、家では嗅ぐことのできない香りは特別な感じがして、昔から好きだった。
「これくらいしかないですけど」
 席に着くと、美容師は遠慮がちに三冊の雑誌を並べた。ファッション誌と週刊紙と、もう一冊は農業の専門誌。偶然にも、私が挿絵を担当している雑誌だった。
「農業の専門誌ですか。美容室で珍しいですね」
 挿絵を描いているんです、とは言わずにそう言ってみる。
「これ、常連さんからのリクエストなんです」
 見渡せば畑ばかりの田舎だ。スーパーが郷土料理の食材を取り揃えるように、美容室の雑誌も地域の人に合わせた品揃えをしているのかもしれない。
 そんなことを考えて一人納得しようとしていると、美容師は思わぬ言葉を口にした。
「その農業の雑誌、常連さんのお子さんがイラストを描かれているらしくて……私も親戚みたいな気持ちで毎月イラストを見させてもらってるんです」
 美容師は農業の専門誌を私に手渡した。
「そうなんですか」
 澄ました顔をしてそう返したが、私の心は高鳴っていた。間違いない、母さんだ。母さんはこの美容室の常連客だったのだ。私とは違って社交的な母さんの明るい笑い声が脳内で鳴り響く。
 しかし、一抹の不安が頭をよぎった。娘の絵が掲載された雑誌を美容室に買わせているのか。だとしたら、図々しいにもほどがある。世の中いろいろな人がいるとは言えども、行きつけの美容室に身内の作品が載った雑誌を買わせる客など聞いたことがない。百歩譲って、そんなことが許されるのは芸能デビューした娘が雑誌の表紙を飾ったとか、そういう圧倒的にすごい場合だけだろう。
 美容師に常連客の娘と気付かれないようにそれとなく聞いてみる。

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