おばあちゃん、おじいちゃんはどうしているだろうか。自分が思っているよりも見た目が老けてしまっているかもしれない。お父さんだってそうだ。いつまでも変わらないのは写真のお母さんだけだ。
お母さんのふっと髪から香っていたのが、今のこの匂いだ。記憶にはないけれど、私の髪を洗ってくれた時もこの匂いだったのかもしれない。
お風呂場で突っ立ってぼんやりしていると、曽田さんに声をかけられた。散らかってるでしょう、ありがたいわ、それもう重くて、とほほえんだ。私もほほえみ返したけれど、きっとマスクで分からないだろう。
「大丈夫よ」
曽田さんが私の背中を撫でた。びっくりして曽田さんを見ると、なんてことないような顔で私の背中を撫で続けた。ロンT越しに手の温かさを感じる。他人の温度がきちんと伝わってきたのは何週間ぶりだろう。おばあちゃんの温度と似ている気がした。
思わず涙が出そうになった。こんな時に、ありがとうと素手で握手もできない時代に悔しいと言えば悔しいし、曽田さんの優しさが嬉しいと言えば嬉しいし、なんとなく孤独で寂しいと言えばお母さんが亡くなった日から私はずっと寂しかった。
「あの、この匂い」
私が言うと、曽田さんの顔がパッと明るくなる。
「匂い?シャンプーかしら?いいでしょう?もうずっと前から使ってるの。牡丹の花みたいで、いい匂いよね。お客さんたちにも人気があったわ」
「私も好きです」
「今度うちでゆっくりお風呂でも浸かりなさい。最近の子はシャワーばっかりって言うでしょう?」
シェアハウスでは、早く次の人が使えるように急いでシャワーを浴びている。この浴槽掃除してゆっくり入れたら嬉しいだろうな、と思った。
「お友達を連れてきてもいいし。こう見えて女の子のシャンプーをするの私上手なのよ」
ふふふ、と曽田さんが笑う。お友達、と聞いて、絵美里の顔が浮かぶ。あの子も一生懸命だけど、寂しい気持ちを抱えているのかもしれない。そうだった、私たちはきっとずっと寂しかったんだ。
「お風呂、ちゃんと綺麗にしますね」
スポンジを掴んで浴室にしゃがむ。
「そんな急がなくても、また来てくれたらいいんだから。孫にお手伝いしてもらっておこづかいをあげるような気持ちだもの、ありがたいわ」
曽田さんは私の背中に手を置くようにしてまた優しく撫でた。
ほっぺたで、マスクの淵が、流れたばかりの一粒の涙を吸い込んだ。