不安げに語気を弱めた桜ちゃんを見ながら、高槻はしばし考えた。
実は、今回はカットモデル扱いにして代金は丁重に断るつもりでいたのだ。
eclatのカット料金は4500円。キッズ料金は設けていない。
高槻は桜ちゃんの黒く艶やかなロングヘアと古賀ちゃんのスマホの画像を見比べた。
子供特有の、上質な絹糸のような桜ちゃんの髪は、手櫛を入れると何の引っ掛かりもなくするりと気持ちよく通り抜けた。このままでも十分理想の髪型に似ている。
「それなら、こういうのはどうかな」
高槻はドレッサーの脇から料金表を取り出す。
「桜ちゃんの髪は傷みもほとんどないし、ねずこ風にするならむしろあまり手を加えない方がいいと思うんだ。だから全体に手を入れるカットじゃなくて、1800円の前髪プランで前髪と毛先を整える。で、このゆる~いパーマだけど、小学生の桜ちゃんにパーマはお店としてできないので、コテで巻いて作る。うちの前髪プランはスタイリング込みだから」
「うん!」と、桜ちゃんは嬉しそうに頷いてくれた。
カット方針が決まり、古賀ちゃんに画像を見せてもらいながら、高槻は慎重にハサミを動かしていった。
告白がかかっていると思うと、少しのミスも許されない。つい指先に力が入る。
いつにも増して口数の少ない高槻に代わり、古賀ちゃんが話題を振って場を盛り上げた。
「めっちゃ重大なカットを任せて貰えて感激ですね、店長」
「感激過ぎて手が震えそうだよ」
「またまたー、こう見えて店長、すっごく腕がいいから、安心してね」
「知ってます!」と鏡の桜ちゃんが頭を動かさないように小さく頷く。
「あたし、塾の勉強がつまんないときに、窓からこのお店を観察してるの。それですごいことに気が付いたんです」
「すごいことって?」と古賀ちゃん。
「お店に入るお客さんはみんなむすってしてるのに、出て行くお客さんはキラキラしてるの。それでここは『魔法のヘアサロン』だって思ったんです」
魔法のヘアサロンは、日曜日の朝にやっている女子向けのアニメらしかった。自分で貯めたお金でそのヘアサロンを訪れると、どんな女の子もとびっきり可愛くしてくれる。更にアイドルになりたい子はアイドルに、両想いになりたい子は両想いに、ピアノのコンクールで優勝したい子は優勝するなど、願いも叶うそうだ。
「だから、ここで髪を切ろうって決めたの」
嬉しそうな桜ちゃんを見て、高槻は不安に駆られた。
「でもここはただのヘアサロンだよ。僕らに不思議な力は……」
「知ってます、でも……」
口ごもる桜ちゃんに「わかるよ!」と古賀ちゃんが応戦してきた。
「店長みたいに現実的な男と違って、女子は夢でできてるんですよ~!ね」
「うん!」
すっかり意気投合した女子2名はシャンプー台でも楽しそうだった。
「すごくいい匂い~」
「でしょー、このシャンプー、時間が経つと香水みたいに香りが変化していくんだよー」
「うそー」
なんか疎外感あるな、と自在箒をかけながら高槻は苦笑した。
「わぁ、本物のねずこみたい!!」
桜ちゃんの歓声が耳に心地よい。こういう瞬間、高槻は美容師になって良かったと心底思う。
「これは私からのプレゼント。頑張ってね」