古賀ちゃんがピンク色のリボン型の髪留めを、アニメキャラと同じ位置で留める。
「可愛い! ありがとう、頑張る!」と桜ちゃんは一層意気込んだ。
誇らしげに自分の財布から会計を済ませた桜ちゃんは、ぴょこんとお辞儀をして颯爽と塾へ向かって歩いていった。その姿を高槻と古賀ちゃんは、しばらく見送っていた。
「上手くいくといいですね」
「そうだなぁ」
歳の差は2つだが、果たして小学5年生の男子が小学3年生の女子を恋愛対象として見るだろうか。
悪い考えがよぎり、頭を振った。
「さ、気持ちを切り替えよう」
16:00ご予約の佐々木様が「頑張って来てよかったわぁ」と満足そうに帰られたのは17:10。それが本日最後のお客様となった。
店内の清掃をしながら一心塾の無機質な窓を眺める。強い白色蛍光灯の光が眩しい。
その時、カランとドアベルが鳴った。
桜ちゃんが、立っていた。
高槻は、無言のまま受付の電話を手に取る。古賀ちゃんは桜ちゃんをソファに連れていった。
程なくして、電話の呼び出し音と一緒に、桜ちゃんの嗚咽が聞こえてきた。
桜ちゃんは「ごめんなさい」と謝っていた。
「ごめ、んなさ、い、せっかく、可愛く、してもらった、のに」
「全部、無駄にしちゃって、ごめ、なさい」
高槻の胸がズキンと痛んだ。
この小さなお客様に、僕ら美容師ができることはあまりに少ない。
桜ちゃんの傷ついた心に連動するかのように、窓の外はいつしか、冬の冷たい雨が降りそぼっていた。
バレンタインデーから約ひと月が過ぎた3月中旬の日曜日、今日は4月下旬並みの気温になるでしょうとの予報どおり、朝から春の暖かい日差しが降り注いでいる。
店の外を通り過ぎる人々の足取りも軽く、遠くの公園の桜は、明るい陽光を受けて艶やかなピンク色に染まっていた。
窓の外と時計を交互に見ては、そわそわ落ち着かない古賀ちゃんに高槻が苦笑した時、カランとeclatのドアが開き、待ちに待った2名のお客様が春の空気を連れてご来店された。
「いらっしゃいませ」
「予約していた滝沢です! お母さんと私の2人です」
桜ちゃんが元気いっぱいに告げる。
「待ってたよ~、ちょっと背伸びてない? お母様はキッズスペース付きのお席にご案内しますね。桜ちゃんはその隣にする?」とはしゃぐ古賀ちゃん。
「お店、可愛くなってる~」
想像通りに桜ちゃんが目を丸くしたのを見て、古賀ちゃんと高槻は密かに笑みを交わした。
「今日はどうしようか?」
高槻は、古賀ちゃん力作のポップでキュートなキッズメニューボードを取り出して尋ねる。
「ショートカット!」
「え……ばっさり切っちゃっていいの?」
「うん!」と、桜ちゃんは勢いよく頷いてみせる。
「水泳教室の蓮君がね、ショートカットの子がタイプなの」
はにかんだ笑顔の桜ちゃんの黒髪には、淡いピンク色の桜の花びらが乗っかっている。
春だなぁ、と、高槻は笑ったのだった。