梶原は容器におむすびとおかずを取り分けながら大久保の宣伝と共に手渡していく。
「そろそろ片付けるか!」
3時くらいになると用意したおむすびもあらかたはけて、梶原は満足げな顔で言った。
結局カットに来てくれたのは地元のおばあちゃんが二人と各地をボランティアでまわっているというおじいさんだけだった。
それなりに喜んではもらえたが、まぁこんなものだろうと大久保は思った。
「すみません。カットしてもらえるんですか?」
一目で地元の方、それも被災した方だろうとわかる三〇代後半の女性がテントにやってきた。
その女性の後ろに隠れるように立っている女の子の手を引きながら。
おそらく小学校の低学年くらいだろう、キャラクターがプリントされた汚れたTシャツにスエット、白い長靴を履いている。
「もちろん大丈夫ですよ。お子さんですか?こちらにかけてください」
大久保はパイプ椅子を差し出したが、女の子はなかなかお母さんの前に出てこようとしない。
「すみません。この子、今回のことがショックなのか、あまりしゃべらなくなって・・髪でも切ってもらえたら気分が変わるかと」
母親は申し訳なさそうに小さな声で大久保に言った。
「わかりました。任せてください」
大久保は女の子のそばによると目線を合わせて声をかけた。
「お嬢ちゃんこんにちわ。お名前教えてくれるかな?」
「・・・れ・な」
激流
「麗奈っ!お母さん!早く2階に上がれっ!」
浜田武は轟々と流れる道路を見ながら、家の中に向かって叫んだ。
寝る前には大雨注意報が出ているくらいで、近所のだれも避難を始める人はいなかったが、
未明、突然携帯が鳴りだしことで、避難勧告が出ていることを知った武は、窓を開け、これはただ事ではないと感じた。
そこには道路ではなく土砂と木々を含んだ激流があり、バケツをひっくり返したような雨と土の匂い、遠くでは山が軋むような不気味な音を発している。
外への避難をあきらめた武は、1階で寝ていた妻の陽子と娘に2階に上がるよう叫んだ。
「お母さん、レオンは?きっと怖がってる」
真っ暗な中、手探りで進みながら麗奈は母親に言った。
柴犬のレオンは家の外、小さな庭の中に小屋があり、そこにいる。
「お父さん、レオンも助けて!」
麗奈は1階の武に向かって叫んだ。
「おう!見てくる!2階で待ってなさい」
武が雨具も付けずに、勝手口から出た瞬間、大きな音と共に地面が浮いた。
破壊的な衝撃と濁流にのまれながら母子は意識を失っていった。
翌朝、奇跡的に救助隊によって助けられた母子は、実際家が建っていた場所から五十メートル以上も流された瓦礫の中にいた。
ただ父親の武とレオンはまだ発見されていない。
「お母さん。お父さんは生きてるよね?」
病院のベットで震えながら麗奈は聞いてくる。
「大丈夫よ。救助隊の皆さんが一生懸命探してくれてるから」
陽子自身も何が起きたのかわからない状態で、気が付いたら病院のベットにいた。
今にも「大丈夫かっ」て言いながら、武は現れるものだと思っていた。
3日間の入院を経て母子は退院し、被災現場を初めて目にする。