さく、さく、と心地よいリズムで髪が整えられていく。その様子を女の子はぼうっと眺めていたが、ふと独り言みたいに呟いた。
「わたしのママも美容師だったんだって。だからかな、なんか落ち着く……」
「そうなんですね」
「でも、わたしが小さいときに死んじゃったって」
「まあ……」
「ママなら上手に切れたと思うけど、パパってばヘタクソのくせに髪を切ろうとするからこんなことに……もう!」
全身で苛立ちを表現した女の子に佐藤はくすくすと笑った。
「できました」
その言葉に女の子が頬を膨らませるのをやめて顔を上げる。椅子から飛び降りて鏡にぐっと顔を近づけると、瞳をきらきらと輝かせた。
「わあ!お姉さんすごい!」
女の子は振り返り、興奮気味に前髪を指さした。無残にも切り取られていた前髪は自然に斜めに流されていて、おしゃれに見える。
「パパに今度からこれを参考にしてって言うね!」
「ふふ。気に入ってくれてよかった」
「明日学校に行くのが楽しみ!お姉さんありがとう!」
女の子が喜びのあまり飛び跳ねていると、壁に足をぶつけ振動で窓辺に置いてあった写真立てを倒してしまった。
「あっ、ごめんなさい」
慌てて起こそうとするのを制し佐藤が手を振る。
「あ、そのままで大丈夫。ありがとうございました」
「うん!こちらこそありがとーございました!」
女の子はランドセルを掴んで玄関をくぐると、ぶんぶんと手を振ってから元気に走り出していった。その姿を優しく見守りながら、佐藤は扉が完全に締まるまで手を振り返していた。
時計の針がカチコチと響いて時を刻む。それを聞くともなしに聞いているうちに再び来客を告げるベルが鳴った。
振り返ると玄関にはブレザーに身を包んだ少女が立っていた。明るめの茶髪は胸のあたりまで伸びており、耳にはピアスが開いている。メイクはかなり濃く見え、スカートはやたら短い。少女はしばらく驚いたようにその場から動かず、ぽつりと「本当にあったんだ、このお店」と呟いた。
「いらっしゃいませ」
佐藤と目が合うと、少女は掴んだままのドアノブから手を放し店内に入った。