女の子は背負ったランドセルを揺らしながらずんずん進んでいく。その目には涙が滲んでいる。拗ねたように俯いたまま、必死に何かから遠ざかるように早足で道を行く。
そのとき突然行き止まりに阻まれて女の子は足を止めた。顔を上げると目の前には一枚の扉があった。
「ここは?」
特に表札も出ていないが、おそらく誰かの家だろう。辺りを見回すとそこは見知らぬ路地裏だった。考え事をしていたせいか、気づかぬうちに迷い込んでしまっていたらしい。
素直に来た道を引き返そうとしたとき、カランコロンという軽快なベルの音とともに目の前の扉が開いた。びっくりして顔を上げると中から出てきた女性と目が合う。その人は少し驚いた顔を見せるとにこりと微笑んだ。
「いらっしゃいませ。どうぞ」
そう言って中に招かれ、女の子はそっと室中の様子を伺った。大きな鏡があり、その前には椅子があり、奥にはシャンプー台もある。さらにはハサミやドライヤーなどの道具が並べられ……どうやらそこは美容室らしかった。ということはこの女性は美容師さんなのだろう。胸元の名札には佐藤と書かれている。一つに結ったピンクベージュの髪が特徴的で、優しそうな人だ。
「どうぞおかけください」
その声に女の子は我に返る。興味を引かれて無意識のうちに店内に足を踏み入れてしまっていた。おそらくお客さんだと思われているのだろう。
「あの、お金持ってないです……」
消え入りそうな声でそう伝えて、ちらりと顔色を伺う。すると佐藤は気を悪くするどころか笑顔のまま首を振った。
「気にしないで!開店したてなの。だから特別にサービスしちゃいます」
そのまま気が付けば鏡の前の席に座っていた。鏡にはそわそわと落ち着かない様子の自分の姿が映っている。初めは戸惑っていたが、時計の音を聞きながら鏡の自分と顔を見合わせるうちに、サービスしてくれるというのだから素直に受けておこうという考えになっていた。
「ところで、落ち込んでるみたいだったけど、どうかしたんですか?」
その言葉に女の子は何かを思い出したようで一瞬渋い顔を見せた。
「……パパと喧嘩したの」
「どうして喧嘩を?」
「だって、パパったら私の前髪切りすぎたの!学校で気になってる人にも笑われたし」
佐藤は女の子の前髪をまじまじと見て「まあ……」と声を漏らした。目と眉の間で切り揃えられた前髪は左眉の辺りだけ異常に短くなっており、思わぬ事故が起こったことをありありと察せられる。佐藤は苦笑いしつつ「整えてみますね」と言って髪に触れた。