頭皮をおじさんの太い指がなぞる。それはそれで安心感があって悪くない気がした。
「痒いところない?」
「だ、大丈夫っす」
テレビで聞いたことのあるセリフだ。
満遍なくシャンプーが頭を包んだ頃、ドアベルが鳴り、玄関が開いたのが分かった。
「お、いらっしゃい」
「あ、お客さん。あけみさん、今日、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよー。こちらのお客さんが終わるまで待てて」
「はい」
声から若い女性であることが分かった。口ぶりからすると常連さんのようだ。そして、やはりこのおじさんがあけみさんであることが分かった。若い女性のお客さんが来るということは、きっと安心できるお店なのかもしれない。
シャンプーが洗い流された。
「椅子戻すよー」
村上はタオルを顔に当てられたまま元の位置に戻され、その流れで頭を拭かれた。そして、そのままタオルは頭に巻かれて、視界が開け、目の前に先ほどの声の主の姿が飛び込んで来た。
さおりちゃん。
どうして、こんなところに。
「あ、村上くん」
「お、さおりちゃんの友達?」
「はい。私たち同じクラスなんです」
「そっか。偶然だなあ。さあ、今日はどうする? 青年」
あけみが村上に尋ねた。
「は、はい! 何をですか?」
村上はテンパっていた。
「何をって、ここ美容室だよ。髪、どんな風にする?」
「あ、えっと」
村上は困った。
『髪・1センチ・オシャレ』の検索で見つけて気に入った髪型をスマホに保存しているのだが、さおりちゃんの前で『こんな風に』とオーダーをするのが恥ずかしい。格好つけ終わった後なら構わないけれど、仕込みの段階を見られるのはダサ過ぎる。
しばしの沈黙が漂い、村上は顔を赤らめて突然立ち上がった。
「すみません! 帰ります!」
駆け出そうと一歩踏み込んだが、足元まであるクロスを踏んでしまい、すっ転んだ。
ダサさの上塗り。最悪だ
「大丈夫、村上くん?」
さおりちゃんの声が聞こえるが、恥ずかしくて顔を上げられない。
「大丈夫か? 青年」
あけみは村上の両腋の下に手を入れて、起き上げた。村上は再び逃げ出そうとしたが、またクロスを踏み、前につんのめったところをさおりの胸に飛び込んだ。
図らずも村上はさおりに抱きしめられた。
「どうしたの? 危ないよ」
「す、すみませんっした!」
村上はさおりから海老のように腰を曲げて後ろへ飛び退いた。
「青年は野球部か?」
「しゃーっす!」
「おじさんに任せてみる?」
あけみはそう言った後、村上に耳打ちをした。
「女の子がいる前じゃ、オーダーもしにくいもんな」
「しゃ、しゃーっす! お願いします!」
さおりちゃんが笑ったのが分かった。村上は嬉しかった。
村上は椅子に座ると目を瞑った。