鏡に映る自分の姿をずっと見るのは気恥ずかしいし、髪の毛が目に入る。その姿は、まるで座禅を組んでいるようだが、背後に立っているのは警策を持った和尚さんではなく、ハサミを持った美容師さんだ。
「ねえ、村上くん。明日から学校だね」
村上は頷こうとするも、あけみから頭を抑えられる。
「じっとしていてな」
「しゃ、しゃーす」
あけみが動かすハサミの音にさおりちゃんの笑い声が混じって聞こえた。
「ねえ、村上くん。好きな人いる?」
村上は体をびくっとさせた。
「青年、じっとせい」
「しゃ、しゃーす!」
さおりちゃんが笑った。
「ごめん、意地悪して」
聞き馴染みのあるバリカンの音が聞こえた。美容院でもバリカンを使うのか。バリカンの音が止まると、あけみが左右に動きながら、ハサミを捌き、しばらくすると全ての動きが止まった。
「青年、できたよ」
村上は、ゆっくりと目を開けた。自分の髪型を見る前に、いつの間にか隣に立っていたさおりちゃんの姿が目に飛び込んで来た。さおりちゃんは、村上の頭を見ている。そして、さおりちゃんが正面を向き、鏡を通して目を合わせた。
「似合っているよ。格好いい!」
村上は瞬時に顔を赤らめて俯いた。
「しゃ、しゃーす!」
「青年、確認してくれよ」
「しゃ、しゃーす!」
顔を上げてじっくりと自分の髪を見た。
左右が丸坊主の時のように短く、そこから上に向かうとはっきりと段ができ、綺麗に整っている。自分がやりたいと思っていた髪型とは少し違うけれど、こちらの方が自分には似合っている気がした。変な背伸びが見えない。それに、さおりちゃんからもお墨付きも貰った。
「どうかな、青年?」
「はい! バッチリっす! ありがとうございます!」
「良かった。一安心。大事な時期だもんな」
「しゃ、しゃーす!」
「村上くんも、よくこのお店入ったね。結構渋いのに」
さおりちゃんの言葉にあけみも頷いた。
「確かに。さおりちゃんみたいにおばあちゃんの代から来てくれるなら分かるんだけど」
「あの、えっと、自分にはこんな具合が入り易くてっす。駅前の美容院は眩しいっす」
「うちはキラキラしてないか! 正直だな青年!」
あけみは豪快に笑った。それにつられて、さおりちゃんも笑った。
「そ、そんなことは…」
村上の返事に、二人はまた笑った。
再びの仰向けシャンプーで髪の毛を洗い流し、ドライヤーで髪を乾かし、ワックスをつけて村上のカットは完了した。
これを自分でセットできるか分からないけれど、村上は大満足だった。
村上がお会計を終えると、さおりちゃんが先ほどまで村上が座っていたシャワー台の椅子に腰掛けた。
「あ、村上くんの温もり残ってる」
また赤面をした村上にさおりちゃんが声をかけた。
「また明日ね!」
「うん」
「青年、良かったらまた来てな」
「しゃーす!」
村上はドアを開けた。
相変わらずのドアベルを鳴らして、外に出た。
夏を残した気持ちの良い風が村上の頬を掠めた。
さおりちゃんはどんな髪型になるのだろう。
明日が楽しみだ。
また自分の次はどんな風になるのだろう。
髪が伸びるのが楽しみだ。