ブラインドが下りていて店内の様子は分からない。だが、磨りガラスがはまっている白ペンキが塗られた木製のドアには『OPEN』と書かれた札がぶら下がっている。
一晩考えたが、最初はこれくらいの感じが良いだろうという結論に至った。まず店構えが民家みたいで気兼ねないし、店名からして『あけみ』で、その名前のおばちゃんがやっているに違いないだろう。オシャレな若い美容師さんだと緊張してしまうけど、おばちゃんなら、ベテランだろうし、こちらも気遣いが減るから安心できる。
おりゃ! おりゃ! おりゃ!
野球部で培った声出しを心の中で叫び、ドアを開けた。古い喫茶店のようなドアベルが鳴った。
椅子が二つ並び、その脇にはシャワー台に背を向けた椅子があった。これが仰向けになって洗ってもらう所かと感動をした。他には、シャンプーのボトルや婦人向けの雑誌が置かれており、決してオシャレではなくて安心をした。町中の歯医者に来たみたいだ。
しばらく待ったが、誰も出てこないので声を出した。
「すみませーん」
それでも誰も出てこないので、少しボリュームを上げた。
「すみませーん」
「はーい。行きまーす」とくぐもった声が聞こえた。ん? これは男性の声だぞと村上は訝しんでいると、おにぎりを片手に持ったおじさんが現れた。おじさんは日に焼けており、綺麗な白髪を後ろに束ねてサーファーみたいでイケている。
「あ、お客さん?」
「は、はい」
「宅急便かと思って。ごめん、ごめん」
おじさんは、残ったおにぎりを全部頬張って、口を動かしながらシャワー付きの椅子を指さした。
「どうぞ」
このおじさんが美容師なのか? 『あけみ』さんなのか? それとも受付の方?
村上が椅子に向かっている間、おじさんは、いくつかのハサミが収納されているベルトを腰に巻いた。
このおじさんが、美容師であることが分かった。
初めての美容師がおじさんか…。『すみません。間違えました』と踵を返す度胸はない。
村上が椅子に座ると、おじさんは村上に白いクロスを被せ、さらに少し小さな黒いクロスをかけた。
まな板の鯉状態を覚悟していたのだが、ここまでは床屋で経験済みだ。
「倒すよー」
ゆっくりと椅子が後ろに倒れ、仰向けの状態でシンクに頭を差し出す形になった。
これだよ、これ。
おじさんというのは想定外だったけれど、憧れのシャンプースタイルだよ。
「顔にタオルかけるよー」
さっきからタメ口なんだよな…。ま、良いけど。
村上の顔にタオルが置かれ、視界が塞がれた。シャワーの音が聞こえ、少しすると温度が整ったのか、頭を流し始めた。
「温度、大丈夫?」
「は、はい」