3.
「13時から予約していた太田です」
新井さんから聞いた店名を頼りに初めてスマホで予約をして、久しぶりに服選びに時間をかけて家を出た。制服と部活のジャージでほとんどの日々を過ごしていた高校時代とは違い、大学は私服で登校しないといけない。美容院の後に駅前の洋服屋さんを見に行くことにしよう。箪笥の上に置いた部活の仲間との写真がもう遠い記憶に感じる。
少しの不安とドキドキとともに入ったお店は木目調の床と白い壁を淡い光がお店の雰囲気を作っていた。
「こちらへどうぞ」
案内されたセットチェアに腰をかける。案内をしてくれた女性がそのまま担当してくれるみたいで「高橋です。おねがいします。」
と丁寧に鏡越しに挨拶をしてくれた。
「今回はどんな感じにしますか?」
「えぇっと…」
特にこれといって決めずに来てしまった。
「…春っぽく。とかでも大丈夫ですか」
「大丈夫ですよ。いいですね春ですもんね。肩よりも少し上ぐらいまで切っても大丈夫ですか?」
「はい、お願いします」
高橋さんが私にケープを巻きながら、美容師とお客さんとの会話が始まった。
「今回が初めてですよね」
「はい」
「ここの常連の方にお勧めされました?」
「あ、はい。駅前の不動産屋の方に」
なぜそんなこと分かるのだろう。
「やっぱりそうですよね。春っぽくて言われてもしかしてって思って」
「新井さんのお友達の方ですか?」
「はい、美玖がお世話になってます…かな?」
「お世話になったのは私です。部屋を案内してくれて」
「じゃ最近引っ越しされたんだ」
「はい、熊本から。四月からこっちの大学なので」
「じゃ入学前に春っぽくしなきゃですね」
高橋さんが鋏を手に取るとお店の扉がカランカランと開く音がした。
「噂をすれば」
高橋さんの言葉の意味がすぐには理解できなかった。
高橋は栞の後ろから離れると誰かを連れて戻ってきた。
「栞ちゃんだ」
スーツ姿しか見たことのない新井さんの私服姿は新鮮で、花柄のスカンツが良く似合っていた。
「お久しぶりです」
鏡越しに少し頭を下げる。
「今日はどんな感じにするの?」
「春っぽくしたいなって」
「一緒だ」
無邪気な少女のようなその言葉が、大人の女性に見える彼女が親しみやすく感じる理由に思えた。
「今日も切られるんですか?」
「今日は明るめに染めようと思って、春だしね。栞ちゃんは染めたりしないの?」
下の名前で呼ばれていることに気づいて少し体温が上がった気がした。
「染めたことはまだないです」
「染めてみる?」
高橋さんからのまさかの提案に戸惑う。
「他のお客さんとか大丈夫ですか?」
「まだ次の時間予約ないから大丈夫だよ」
「え、でも」