急に心臓がバクバク鳴り始めて、締め付けられるように息が苦しくなった。
やまちゃんは彼を、わたしの隣の椅子に案内して座らせると、彼に「ちょっと待っとってね、準備してくるけん」と言い残して、またすぐにその場を離れてしまう。
え?ちょ、ま、どうしよう。どういうこと?てかなんこれ、どげんすればいいと?
突然降って湧いた奇跡のシチュエーションに、わたしは腰掛けた椅子の上で、ただ頭の中ばかりがグラグラと沸騰して混乱するばかり。
すると彼は手近に置いてあったメンズファッション誌を手に取って目線を落とし、パラパラとめくり始めた。わたしが隣にいることにはまるで気づく様子はない。こないだまでクラスも一緒で、毎日顔を合わせていたはずなのに、わたしはすぐに彼に気づいたのに、クラスメイトっていっても、卒業式が終わったらこんなもんやろうか。そんなネガティブな気持ちがわたしの胸の中にムクムクと湧いてくる。
そのとき、ふと鏡越しに、離れたところから黙ってこちらを見つめる栗色の視線に気づいた。
目があった途端、その口元が小さく動いた。目をこらしてよく見てみると、
……ダ・イ・ジョ・ウ・ブ。イ・ケ。確かに、そう動いていた。
そうしてイタズラっぽく微笑むと、やまちゃんは踵を返して、するっと奥にひっこんでいった。
そこですべてが飲み込めた。
そうか。そういうことか。やられた。まさか、やまちゃんが彼のカットを担当してたとは。そんなこと、やまちゃんは今の今までおくびにも出さなかった。
恥ずかしさで頭がクラクラした。きっとやまちゃんのことだから、わたしなんかよりよっぽどすべてを把握していたに違いない。
けれど不思議と、悪い気はしない。
いずれにしても、これはわたしにとって高校生活、最後にして最大のチャンスなのだ。わたしは目の前の大きな鏡で自分の顔をもう一度確認してみた。頭のてっぺんから顎の
先まで、じっくり、仔細に、何もかも確かめてみた。大丈夫。今日のわたしは、今までで一番かわいい。すると、身体の奥から、ぐんっと力が湧いて出た。わたしはしずかに、大きく息を吸い込んだ。
さぁ行け、わたし。ここから先は、わたしが自分で花を咲かすんだ。