そういって次の女の子に話を振る。
はるかは早速その子の話に激しい、そして少々わざとらしい相づちを打って、テーブルの話題を移行させる。でもきっとみんなの脳裏に私の告白は消えていないだろう。
別に今すぐ受け止めてくれなんて思わない。明日か、来週か、一年後くらいに、「友達の中には孤児だった子がいる」という、同情も邪推も排した単なる情報だけが残ってくれたら嬉しい。
私は私の経歴を知られるのが哀しい。私の経歴がどうしたって私の過去でしかないこともとても割り切れないし、端的に言って非常につらい。けれど、私のような人間がこの世にいないことにされるのが何よりさびしいから、覚えていてくれたら嬉しい。その上で、時々忘れてもくれたら嬉しい。
その時まで、友達でいられたらの話だけど。
梅雨入りを前にして、6月の空気は澄み切っている。風は僅かに湿気を含んで、お洒落な街角の緑溢れる光景に潤いを与える。薄着から晒した素肌に一番優しい季節。
ランチを終え、そそくさと友達の輪を外れた私が駅まで歩く道の途中で。
「ごめんよー律子。デリカシーない話題始めてしまったわ」
私の背中から、心底申し訳なさそうなはるかの声が届いた。
私としてはこの話題にもう一度触れられるのは明日か、来週か、一年後くらいで良かったのだけれど。はるかは義理堅く、友情に厚く、そして少しそそっかしい。
大学入学の初日に知り合って、一年の仲。それでも、この子の人となりはそれなりに掴んでいる自信がある。というか、誰が出会ってもすぐにわかってしまうのではないだろうか。無防備なのだ。無防備に生きて来られたのだ、この子は。
気がつけば私の隣りに寄り添って、歩幅を揃えて歩いている。
「私、駅まで行くけど、はるかはみんなと一緒にいなくていいの?」
振り向いた私に、はるかは上目使いで機嫌を伺ってくる。「いいの。私は律子といる」
律儀な忠犬のような。逆にペットの愛情を試そうとする飼い主のような。
「そう。いいけど」
彼女の目元に、少し泣きはらしたような後があるんだけど、まさかね。
「はるか。アンタまさか泣いたりしてないわよね」
「えっ?」
人差し指の間接を折り曲げて、その先っちょで驚くはるかの目元をそっと拭う。かさつかないやわらかな肌。ぬるい温もりを帯びた水分が、私の指に伝った。
「バカな子。泣いてるじゃん」
はるかは人前で泣くことをいとわない。自分の感情を出すことに惑いがない。それは人目をはばからず、人生の王道を歩んできた者が持つ圧倒的な自信が成せる業。自分と、世界とを隔てる目に見えない幕が、人よりうんと少ないのだろう。
「だって。今まで私、律子の前でどれだけ家族の話してきたっけかと思ったら、申し訳なくって。取り返し付かなくって。悔しくって」
私の気持ちをおもんばかれなかったことが悔しい。そう言って悔し涙を拭おうともしない、世界に祝福された女の子。
「考えすぎ。そこまで傷ついてないから」