おめでとうございます、というと、私たちお金がなくて、とか前途多難で、とかとりあえずお世話になるイギリス北部のマークの実家が昨年は寒波のため大雪で東京と違って住むのが大変そうだとか、もろもろ話をしてくれた。
瑞穂が、マークのどんなところが旦那さんとしてよかったのか訊くと、彼女は目を瞬いて一瞬考え、寛容でおだやかなところですかね、と答える。
マークは自分は北部の出身だから、多少我慢強くて寛容なのだ、という意味のことを言っている。
人の良さそうなマークの顔が今日はさらに頬が上気して、ぴかぴかと輝いて見える。
その隣りに座る彼女も幸せのオーラを発している。
眩しい二人。
私もいつかそういう眩しい人に出会えるのだろうか、それともこのまま何かが欠けたような大人になってしまうのだろうか。もがいて波打つ水面がいつか穏やかな波へと変わる時がくるのだろうか。
何時間ここにいるのだろう、窓の外に眼をやるとビル郡の向こうの空がいつの間にか白み始めていた。
翌日昼過ぎにやっと目を覚ました亜希子は、父親の誕生日が数日後なのに気づき、思い腰をあげて蒲田まで出かけることにした。
人の流れのまま東急多摩川線の改札を出てショッピングセンターのエレベーターに乗ろうとした時、
「あれっ?」聞き覚えのある声がしたと思ったら、奥さんと子供を連れた沢村だった。
「こんにちは、ご家族でショッピングですか?」
沢村は川崎駅近くのマンションに住んでいたはず、わざわざ蒲田まで?と思ったら、
「屋上遊園地の改装のチラシを見てね、子供達が行きたいってきかないもんだから」
沢村の苦笑い。お子さん達はまだ四、五歳と二、三歳といったところか。なるほど。
「パパ、面白かったね。」そういう女の子達はお世辞でなく天使のようなかわいらしさだ。
「そうだね、また来たい?」
沢村もすっかりパパの顔だ。
「また来る、また来る」騒ぎ立てる子供を連れて、じゃあ、と手を振る沢村。会釈をする奥さん。
理想の家族、だな、と思う。
人の流れに押されエレベーターにのった亜希子はぼんやりと上昇するエレベーターのフロア表示をながめる。
そこに行きたければそうすればいいんだ、心の中でそんな声がした。