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『最後の観覧車』中塚さおり

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 病室で金髪の志郎は不貞腐れていた。
 正確に言うと、気を抜くと哀しみに全身を支配されそうで、感情の処理が追いつかず、不貞腐れているように見せることが精一杯だった。
「なんで黙ってたんだよ」
 怒気を含んだ声を出そうと思っていたのに、出てきた声はかすれて震えていた。
 電話ごしに余命三カ月だと明るく告げてきた母の夏子は今、病室のベッドで少年漫画を読んでいる。願いを叶える龍の神様を呼び出すために七個ボールを集めるストーリーの人気漫画だ。目は漫画を追いながら、手はページをめくりながら、母はなんてことはない会話みたいに答える。
「だぁって言ったところで、別にどうしようもないじゃない?」
「どうしようもあるだろ。手術とかいろいろあるだろ。金なら俺がなんとかするし」
 言いながら、先月親方と喧嘩した勢いで辞めた庭師の仕事のことを思い出していた。今、志郎は朝からパチンコ店に並び一日を過ごすだけの日々を過ごしている。夏子が余命を告げる電話も、パチンコ店の騒音の中で何度も「え?」「は?」と聞き返しながら聞いた。
「手術って、やあよ、痛いのは。お母さん昔から言ってたでしょ?もし癌とかになっても延命治療とかさ、苦しいのは嫌だって」
「そういう問題じゃねえだろ」

 夏子と志郎がこの街に来たのは十三年前だ。理由はアパートの家賃が安かったから。暴力夫に見切りをつけて、女手ひとつで息子を育てるのには良い街だと思った。色白で目が大きく、美人の部類に入る夏子が働けるバーや何かも多かった。

 当時五歳だった志郎が、明け方に男女の話し声で目を覚ましたことがある。食卓の椅子を持ってきて、その上に立ち、ドアの覗き穴を覗くと、夏子を自宅まで送ってきたらしき初老の男と夏子が、他人とは思えない至近距離で話しているのが見えた。嫌よ嫌よと首を振る夏子を見た志郎は椅子から飛び降りドアを開けると、玄関にあった靴を次々と、男に向かって投げつけた。
「お母ちゃんに、触るな!お母ちゃんに触るな!」
 そして最後は泣きだした。

 その朝のことがきっかけだったのか、以来夏子は夜の仕事をしなくなった。代わりに商店街にある羽根付き餃子屋の厨房で働きだした。夏子からは、白粉と香水の匂いではなく、油とにんにくの匂いがするようになった。

 保育園の友達のヤスシから、「おまえの母ちゃん、臭いな」と言われてから、志郎はヤスシが嫌いになった。嫌いになったが、子どもにも付き合いというものがある。それからもヤスシの、やれゲームを買ってもらっただの、やれ父親には部下が八人いるだのという自慢話を聞かされ続けた。

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