翌日、なっちゃんからLINEがあり、どうしても話したいことがあるという。守が待ち合わせ場所のデパートの屋上に行くと、なっちゃんは既に来ていた。
「だいぶ変わったでしょ、ここも」
なっちゃんは日傘をさし、大きなおなかを抱え「ふぅ」とベンチに座った。
「守ちゃんが帰る前に、どうしても話しておきたくて」
「え?」
「夫、サラリーマンって言ったけど、嘘なの」
守はなっちゃんの言っている意味がよく分からなかった。
「亡くなったの。おなかの子が三ヶ月の時。事故でね、あっけなく。でもね、守ちゃんに会った時、すぐには言えなかった。たぶん、幸せな奥さん、演じたかったからかな」
守はただ、キラキラと光るなっちゃんの左手薬指のリングを見つめていた。
「話はそれだけ。それじゃ、守ちゃんも元気で」
「あのさ、あれ、乗ってみない?」
「え?」
「乗ろうよ、一緒に」
守が観覧車を指すと、なっちゃんは大きくうなづいた。
観覧車は守となっちゃんを乗せてゆっくり回りはじめた。ゴンドラが高く上がっていく。窓の景色からなっちゃんに視線を移すと、守はギョッとした。なっちゃんが泣いていたからである。
「気分でも悪い?」
「そうじゃない、そうじゃなくて……」
なっちゃんは語った。赤ちゃんが産まれたら、この観覧車に乗ろうと、生前の夫と約束を交わしたことを。今となっては、そんな小さな約束も果たせなくなってしまったと、号泣した。
観覧車から降りると、なっちゃんは案外すっきりした顔で「ありがとう」と言った。「大切な約束、思い出させてくれて」と。
「それより大丈夫? おなかの方」
「全然大丈夫。安定期だし。……あ」
「え?」
「動いた」
なっちゃんはすぐに守の手を自分のおなかに当てた。
「ほら、ね? ね? 動いた!」
守はされるがままジッとしていた。すると張りつめたおなかを内側から蹴る微かな振動を感じた。
「ほんとだ、動いた!」
守はふいに観覧車を見上げた。観覧車も動いている。ゆっくりだけど、ちゃんと動いている。守と両親がまだ家族だった頃も、この観覧車はこうして見守っていてくれたのだろうか。守は想像した。なっちゃんが子どもを抱いて、しあわせそうにゴンドラから手を振っているのを。見上げれば青いゴンドラには父が、赤いゴンドラには母が、黄色いゴンドラには木下さんが、緑のゴンドラには木下さんのご主人が、白いゴンドラには誰だろう、眼鏡をかけたスーツ姿の男性が手を振っている。守はすぐに分かった。それがなっちゃんの夫だということを。
みんな居場所はバラバラだけど、同じように円を描いて回っている。観覧車はこれからもずっと、回り続けるだろう。そう思うと、守も大きく手を振った。またここに帰ってこよう。その時は元気に「ただいま」と言って。