「違うんです。実は、今日ここで拾ったものなんですけれども、私がうっかりして濡らしてしまって」
「ちょっと見せていただいてもよろしいですか?私が知っているお客様のものかもしれませんので」
そう言って手袋を受け取った男性は、
「ああ、やっぱり」
と頷いてから、少しくだけた感じになり、打ち明けるように続ける。
「これ、私が祖母に買わせた手袋なんです」
最初に対応してくれた女性の店員も、ああ、と思い当たった顔になった。では後は、という感じで、カヤコに会釈して離れて行く。
「すみません!」
カヤコはまず頭を下げる。何からどう話せばよいのか、思えば、さっき彼がインフォメーションカウンターにいたのも、この手袋のことでだったのだろう。
「大丈夫でしょうか?濡らしてしまって。水なんですけれど」
「大丈夫ですよ。届けていただいてありがとうございます」
まず言ってくれた言葉に、カヤコはホッとして力が抜けた。男性を見上げると、顔一杯に微笑んだ相手が、随分うれしそうに自分を見つめているような気がして、あれっと思う。
あ、手袋だよね、うん、お祖母さんの手袋が見つかって喜んでるんだ。カヤコはこの急展開に着いて行かなければと、こっそり深呼吸する。とりあえず助かった!これで手袋は持ち主さんの元に帰れる。しかもお孫さんは手袋のプロだ!何と心強いこと。
詳しい話をしようと向き直りながら、カヤコの心には、ようやっと安堵が広がって来た。
*
サチコに、待ちかねたトモキからのメールが届いたのは、夫と二人で夕食のテーブルを囲もうかという時間になった頃だった。
「手袋あったよ。拾ってくれた人がちょっと知ってた人で驚いた。知り合いってわけじゃないんだけど。こんな偶然ってあるんだな。びっくりした。手袋は今度持って行くから、また連絡する」
良かった!とサチコは胸をなでおろした。そして、ちょっと首を傾げる。誰だろう、拾ってくれた人って。いまひとつ要領を得ないメールなのに、何となく、はしゃいでいる感じがするのは気のせいか?そもそも、いつものトモキのメールは、用件のみでもっと短いのだ。
とりあえず、ありがとうという返信をしていると、
「どうした?」
夫の声がする。
「トモキからメール来たのよ。手袋あったって!」
「おっ、あったのか。良かったじゃないか。まったく、そそっかしいんだからなぁ」
「はい、よくよく気をつけます」
心からそう思っているのだが、サチコはちょっと付け加えたくなった。
「でもね、何だか今日は、そそっかしいのもちょっとよかったのかも」
「は?」
夫は、何のことだという顔をするが
「さ、ご飯にしましょう」
と食卓に向かいながら、サチコの口元は緩む。これはトモキに会ったら詳しく事情を聞かなければと思うと、新たな楽しみがまたひとつ出来た気がした。