「課長が応募規定に『ご住所内に蒲田とある方のみ』としたのが良くないんじゃないですか? 限定的になって……」
「まあまあ。そう顔を赤くしないで。私が悪かったかもしれない。だけど、仕方がないじゃないか」
太田垣は机の『蒲田行進曲フェスタ“絆”』と大きく書かれたポスターを広げて見せた。もはや伝統となった『コスプレ』コンテストの情報の下を太田垣が指差し、音読した。
「東急プラザの屋上特設ステージにて『KAMATA55お披露目!』」
「え?」
平山が太田垣を見た。
「決定だから」
「キャンセル出来ますよ!」
「出来ない。もう刷っちゃっているし。数が減ってもやるしかない。我々に退路はないんだよ」
太田垣が再び平山の肩を叩いた。
「なら課長が……」
「無理無理無理。腰やっちゃってるから」
「じゃあ、奥さんに……」
「平山君も会ったことあるから分かると思うけど、言えると思う?」
「……いえ」
太田垣は合掌し、平山を拝んだ。
「頼む。この一度で終わりだから」
眼をキョロキョロさせてから、平山は重々しく口を開いた。
「……分かりました。今回だけで終わりですからね」
平山は項垂れながら了承した。
「ありがとう。お昼を奢るよ。餃子にしようか? 羽根付きの」
「……はい」
太田垣は自ら出前を注文し、「マイドー」と留学生の女の子が届けてくれた。
餃子に罪はないのだが、平山は美味しいはずの餃子を楽しめなかった。
練習の初日がやって来た。
大田区民ホール・アプリコ内のスタジオAに『KAMATA5』のメンバーは勢揃いし、練習が始まる前に自己紹介をした。
全員が書類審査のみで合格をしたので、初めて他のメンバーと顔を合わせた。六十三歳の高橋澄江は、年齢や体型的に動けるか不安があり、六歳の梅木小春は小さかった。その母の梅木樹里亜は、体力的には大丈夫そうであるが、金髪ヤンキー風なので少し怖い。唯一の救いは高校二年生の真田舞。ポニーテールを結び、利発そうな美人であった。
あとは太田垣が手配したダンスの先生を待つだけであった。
開始時間ジャスト。スタジオの扉が開いた。
ショッキングピンクのジャージ上下が目に飛び込んで来た。
そして、それを着た主は白く塗られた顔面に、真っ赤な口紅をしている。
女? いや、男だ。しかも初老の。
「おか……」と平山が言い切る前に、小春が叫んだ。
「ピンクおじさんだ!」
「誰がおじさんよ!」
ピンクおじさんが叫び、平山は思い出した。