地面に落ちたバッグの事など気にも留めない和希は、サドルに腰を下ろしたまま声のする方向に振り向くと野球帽の下のくりっとした目をぱちぱちと頻りに瞬きさせ、面倒臭そうに声を出した。
「なんだよ、コータロー」
「なんだよじゃないぞ、マッツー。危ないから商店街では自転車を乗り回したらいかんと何度も言っておろーが。こらっ“コケマ”、聞こえないふりをするんじゃない!」
コータローじいさんが、右目を吊り上げて言った。
因みに“コケマ”とは小池愛美の略称であり、普段から何かと足をモノにぶつけて“こけまくる”ことが多いので、彼女に付いた渾名でもある。お互いがカタカナの愛称で呼び合う彼らの仲の良さは、誰が見ても一目瞭然だ。
やんちゃ二人組が、不満げにちょっとだけ口を曲げ、肩をすくめる。
「ごめんなさい、コータロー」「悪かったよ。そう怒るなって、コータロー」
すると、難しい顔をして二人を睨んでいたアロハのファンキーじいさんが、急に顔色を変えて微笑み、
「ところで……今日はどこで遊ぶんじゃ? ワシも、後で行くからな」
と楽しそうに言い放った。
話題が変わったことにほっとした、二人。小学生らしい二つの笑顔が、商店街の一角で弾けた。
「もちろん、今日もケイヒン公園さ!」「コータロー、また後でね!」
「おう、ワシもすぐに行くからの!」
パンパンに膨れたバッグを拾い上げ、和希が自転車のカゴにそれを投げ入れる。
それを合図に、二人は再びサドルに尻を着けない状態でペダルを漕ぎ出した。
「だから、危ないって言っておろーが!」
「あ、そうだった、そうだった」
舌を出して頭を掻きながら、和希と愛美が渋々自転車を降りる。
孝太郎は、「ちくしょー、まどろっこしいな」「仕方ないでしょ。とにかく、ゆっくり急ごうよ」と会話しながら商店街から去って行く二人の児童の背中を、まるで孫を見るかのようなふんわりとした笑顔で見送った。
☆
それから1時間後のことだ。
コータローじいさんの姿は、商店街から数分歩いたところにある、ケイヒン公園の一角にあった。散歩にやって来た犬たちが猛烈な勢いで舌をハアハア出しているような晴天の陽射しの中でも、和希と愛美は夏バテなどどこ吹く風、派手なじいさんの横で何やら奇声を上げている。
「コータロー、これむずかしいよ」
「何を言っとる、マッツー。こんなのワシが子どもの頃はみんな普通にできたもんじゃ」
「でも、それは昔の事でしょ? 今の子どもにはできないのよ」
「ふん。今も昔も、子どもは子どもじゃ。何も変わらん」
「そうかなあ……」