文代は、いつまでもみていては失礼とおもいながらも、なかなかじぶんから視線をそらすことができずにいた。
ふだん、しらない男性からみつめられることなど、そうあるものではない。この機会を逃したくなかった。鴨下玲子の声がきこえてきそうだった。ここで目をそらしたら、それっきりで、そこからは何の発展もありはしない。ここはひとつ、彼が目をはなすまではけっしてじぶんからは離すまいと、固く心にきめた。
するとまた、メリーゴーランドが回転をはじめた。親子づれが三組ほどのっている。こんなに少人数でまわしても、ちゃんと採算はとれるのだろうか。と彼女は、そんな余計なことにまで気をまわした。
何度も何度もとおりすぎる木馬に視界をとざされ、彼の様子がわからなくて彼女は、もどかしいおもいを余儀なくされた。
とその木馬の回転速度がゆるやかになり、まもなく停止したときは、もう彼の姿はそこにはなかった。木馬が動いたことで、彼がベンチを立ち去ったとおもった文代は、罪もない木馬にむしょうに腹がたった。
「すみません」
横からふいに声をかけられ、はっとしてみると、メリーゴーランド越しにみていた彼が、そこにたっていた。
「は、はい……」
「あのう、ひとつ頼みがあるのですが」
頼みごと――文江は彼をみあげた。彼の態度に、ふざけたようなところはまったくない。彼の次の言葉を、彼女はまった。
「失礼とはおもうのですが、あの飛行機に、いっしょに乗ってはくれませんか」
文江は、いまも向こう側で客を乗せて回転している飛行機をみやった。
「あれに、乗るのですか」
「ええ。いえね、あれをみていると、子供のころに乗ったことがおもいだされましてね、たまらなく乗りたくなったのです。だけど、このとしで一人じゃいくらなんでもね。あなたとなら、としもにかよっているし、懐古的な気分に後押しされて二人で乗ったぐらいに周囲はみてくれるとおもいまして――。無理なお願いとは承知しています。どうか、願いをかなえてはもらえないでしょうか」
文江はあぜんとなって、彼をみた。がその顔がこみあげてくる笑みでいっぱいにふくらんだ。
「いいですわ。乗りましょう。じつはわたしも、乗りたいとおもっていたところなんですのよ」
「むりしておっしゃっているのではないでしょうね」
「心から本心です」
その気持ちをあらわすかのように、文代はすっくとベンチからたちあがった。
いっしょにのったら、せいいっぱいこわがってやろうとおもった。でも飛行機じゃ彼にだいてもらえないから、あとでやっぱり観覧車にものらなくちゃ。心がうかれたあまり、過去と現在がいっしょくたになってしまったもようの彼女だったが、きもちはいつになく楽しくみたされ、彼とならんで飛行機乗り場にむかう足取りはしぜんと、はずむようにかろやかになっていった。