私はサッちゃんを庇って、声の主に言い返した。
機関銃の連射は母親の口先から出ていた。サッちゃんは母親の激しい叱咤にも耳を貸さなかった。母親は俯いたまま出ていった。
サッちゃんの強い決意とともに身体はその場で固まったままだった。彼女の傍に行こうと思った。けれどそれ以上近づくことができない。
サッちゃんの周囲数メートルの空間が何かでガードされていて、誰一人近づくことができなかったのだ。
居たたまれなかった。足元に転がっていたスヌーピーのぬいぐるみを拾い上げて、サッちゃんに向かって、投げた。
「いじめが原因なのは分かっている。お母さんには分からなくても、私は分かるのよ。でもさ、ここにずっといても何の解決にもならないじゃない」
息苦しくなった。本当のことを言うべきだと悟った。
「あなたの気持ちは誰よりも分かるのよ。同じクラスのあいつでしょ。あいつが汚い言葉を投げつけるんでしょ。あなたの髪、あなたの服、あなたの素振りの何もかもに、あいつは毒を塗った刃(やいば)で斬りかかるんでしょ。わたしはあなたの気持ちを完全に理解できるのよ」
やつの名前を出したとき、私は嘔吐しそうになった。それほど憎い名前だったのだ。
サッちゃんの立て膝が揺れ出した。苦しそうな吐息が漏れてきた。
これ以上、無理だった。どうすることもできなかった。
息苦しくなって、外に出た。
2
ここには来たくなかった。小学校を卒業後、同じ学区にある中学校に進学したくなかったから、蒲田から離れたのだ。
ここに来たのは、元はと言えば彼がきっかけだった。
彼とは、仕事の取引先同士の縁で知り合った。彼は建設会社、私は建設資材の会社に勤めていた。受付で仕事中の私に、彼はそっとメモをくれた。
――僕のスマホにショートメールをいただけますか?
そのメモを見て、書かれていた携帯電話番号に返信した。
――はい、ご用件は何でしょうか?
それにたいし次のような返信があった。
――プライベートのお誘いをお許しください。一度お食事でもご一緒させていただきたいのです。ご都合よろしければ、◯◯日の午後◯時に場所は◯◯にていかがでしょうか。
受付けに来た彼と何度も自然なやり取りをしていたし、仕事の話だけであまり冗談を言わない人だったから、逆に、印象に残る人だった。