一番小柄なおっちゃんは体格に似合わず、一番豪快なようだ。おっちゃんの作戦はシンプルだった。バケツリレーである。まずは辺りの人々に、とにかく湯をかけまくって、この『蒲田温泉』から観覧車までの列を作る。そして、バケツでもペットボトルでも何でも構わないから、とにかく湯を運ぶのだ。
そのバケツリレー作戦はおっちゃん達に任せ、泰と太郎は肝である観覧車に向かった。
ペットボトルに汲んだ湯を博士にかけると見事に復活をした。
やはり蒲田温泉のお湯の効果は抜群だ。
「ここは……」
「博士、久しぶり。ヤスだよ。すっかり爺さんになったけど、同じ小学校に通っていた」
博士が泰の顔をまじまじと見た。
「ヤッさん? じゃあ、失敗したんだ……」
「蒲田のみんなが固まっちまったぞ」
博士が再び固まり、うな垂れた。
「すまない……」
「とにかくよ、出て来て手伝えよ」
「何を?」
「蒲田のみんなを動かすんだよ」
博士がゴンドラの外を見た。
少年、少女、サラリーマン、花屋のお姉さん、おじいさん、おばあさん、老若男女の大行列。
街の人々による列が伸び、次々と湯が運ばれて来ていた。
「せーの」という太郎の掛け声で、泰、博士、男の人たち数名が観覧車に手をかけて、回転させた。
風が吹いた。
扇風機のようとまではいかないが、普段の優雅な速度とは異なっている。そこに次々と湯をぶっかけた。観覧車の回転で湯は散り、空を舞い、風に乗って、街の隅々まで行き渡った。
人々は「ちょっとだけ濡れたなー」と思った程度で、何事もなかったかのように動きだし、電気も通じ、機械の類も稼働し、さらりと日常が戻った。
内閣衛星情報センターの一同がほっと胸を撫で下ろした頃、泰と太郎と博士がゴンドラの中から、蒲田の街を眺めていた。
「ヤッさん、ごめんな。迷惑かけて」
「いや、迷惑なんてねえよ。丸く収まったから楽しかったよ」と太郎の頭を撫でた。
「私は、あの頃に戻ろうとしたんだ……。妻と出会った頃に。妻と……」
泰はその話題を散らすように手を左右に振った。
「それは、博士の胸の内にしまっておけよ。自分の大切なものだろ?俺も何で蒲田が固まったかなんて誰にも言わねえもん。俺と太郎の秘密だよな?」
太郎が頷くとちょうどゴンドラは乗り場に到着し、係員が扉を開けた。太郎が博士に手を差し出した。
「風呂、行こうよ」
泰の手のひらが太郎の頭を撫でた。
「ナイスアイデア。博士も行くぜ。風呂」
泰と太郎は立ち上がりゴンドラから出た。博士はどうしようかと躊躇したが、すぐに立ち上がった。
「行くよ」
泰と太郎に追いつこうとゴンドラから駆け出す博士と入れ替わるように、若いカップルがゴンドラに乗り込んだ。
観覧車は、いつものスピードで回り続ける。