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『晩秋』久保寺淳子

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 私は小野さんの死を今知ったことにするか、先にFacebook の投稿を見たことを話そうか、どっちつかずのままお嬢さんの話を聞いている。実は、小野さんと最後に会ったときに気まずい別れ方をしていた。その日は、新宿南口のホテルのロビーで待ち合わせをしていた。以前にも2回ほど一緒にお茶をしたことのある場所だった。小野さんは私の前に現れると、立ち止まることもないくらいの素早さでエレベーターホールに向かった。小走りでついて行きながら「こっちにも喫茶スペースあるんですか」と聞いたら、そのタイミングでドアの開いたエレベーターに乗せられた。口早に「ゆっくり話そう、部屋とったから」と言われて、あっという間に個室の中で二人きりになってしまった。
「こういうの、いやです。困ります」
「別に何もしなくていいんだ。ただ、一晩だけ身体を寄せ合って、添い寝してくれないか」
 私は、小野さんの、父娘ほど年齢の離れている彼の、タフな仕事ぶりが有名な彼の弱気な表情にただ驚いていた。抗がん剤治療の合間を縫うように撮影現場に出ていたし、飲み会ではお酒も飲んで芝居の話に熱くなり、病気を抱えていることを知らない人の方が多かった。そんな気合いの人が、どうしたと言うのだろうか。
「吉兆のお弁当とワイン買ってきた。一晩ゆっくり過ごそう」と畳みかけられ、抱きしめられた。でも、それは、夏の終わりに電柱に必死でしがみつくセミを思わせるような力だった。
「本当に困ります。尊敬しているし、たくさん勉強させてもらっているから。こんなの、いやです」と振りほどくと、小野さんは私の目をまっすぐに見返し、その目には涙が浮かんでいた。こんな死にそうな男の人は見たくないと思った。
「ごめんな…。数値が悪くてさ、もう限界なのかなって。辛いんだ。怖いんだよ。一晩だけ、付き合ってくれないか」
 どうして私なの?あなたには家族がいるじゃないの、奥さんにでも娘さんにでも泣き言いえばいい。こんな情けない姿、私は引き受けたくない。
「…頼むよ」
 表情と声の弱さに反比例するような腕の力で、ベッドに押し倒されそうになり、私も火事場の馬鹿力とばかりに抵抗した。そして、その勢いでドアから廊下に飛び出すと、振り向くこともなく足早にエレベーターに向かった。それから駅に戻って電車に乗るまで、心臓がどくんどくんと打ち続けていた。電車内で少し落ち着いたら、あのホテルの部屋で二人分の吉兆のお弁当とワインをどうするのだろうと、小野さんが気の毒になってきた。次の駅で途中下車して電話をかけ、「さっきは驚いてしまって、子供っぽくてごめんなさい」と謝ったのが、小野さんと直接話した最後になってしまった。それからもメールのやり取りはあったが、また二人きりで会うのは数ヶ月のブランクが欲しかった。

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