新しい情報は、さらに沙織の頭を混乱させた。それでも前を向くしかない。沙織は蒲田のホテルにひたすら飛び込んだ。ホテルのフロントクラークに、揖斐の似顔絵写真を見せて、大雨の日この客が来なかったかと訊ねた。
予想していたが、門前払いを受けた。客の個人情報に関わることなど、ホテル側が教えられるはずがない。
私はバカだなあ……、嫌気がさして落胆した。
沙織はサンライズ通りのドトールで休憩することにした。肩ひじをついて、アイスカフェオレを飲んだ。目を閉じて、こめかみを押さえた。一週間経っても収穫がなかった。
祖母の手術の日が、刻一刻と迫っている。なんとか……祖母に揖斐良平という人物を会わせたい。沙織は膝のうえで拳をまるめた。
カフェオレをすすって飲み干したところで、そろそろ帰ろうと思った。腕時計を見ると、夜九時半をまわっていた。ヤバイ!
腰を上げたとき、テーブルの上のスマートフォンが振動した。LINEだろうか? タップして確認した。
その通知はSNSだった。
メッセージが届いていた。沙織は訝(いぶか)しく思いながらも開いた。
『突然のメッセージ失礼致します。
saori様の七色いなりの写真を拝見して、大変感動しました。同時に、どうしてもお尋ねしたいことがあり、このメッセージを送らせていただいた次第であります。
《幸子おばあちゃんの七色いなり》と表記されてありますが、もしかして加藤幸子様が作られた稲荷でしょうか?
もし、そうでありましたら、一度返信をいただけないでしょうか。
揖斐良平』
沙織の目線はスマートフォンの画面に張りついていた。
―加藤幸子は、祖母の旧姓だ。
【6】
東急プラザの屋上遊園地『かまたえん』には、時折おだやかな南風が運ばれていた。
沙織は空を見上げた。夏の青い空。うろこ雲がゆるかに浮かんでいる。
隣で座る祖母幸子に目をやると、彼女はかまたえんの小さな観覧車を見つめていた。
都内唯一の屋上観覧車《幸せの観覧車》だ。
目を細める祖母の横顔は何かを懐かしんでいるようだった。
幸子の顔色は悪くない。頬にも体温がめぐっている。だからこそ、医師から外出が許されている。
「もうすぐ来ると思うよ」