何度も何度も頭を下げて、詫びて、礼をいう。その繰り返しに疲弊(ひへい)を隠せなくなっていた。
空はすっかり暗くなり、星のない夜が蒲田の街を見下ろしていた。
【5】
次の日もまた、沙織は西口の蒲田通りへと向かっていた。テニス部の練習を終えた後なので、身体はずしりと重たい。九月とはいえ、夏の暑さが落ち着いたわけではなかった。揖斐良平を見つけだす希望は色を失いはじめていた。
「おばあちゃん……」胸の内で祖母を想った。
蒲田通りに着いてほどなくすると、沙織は目を見張った。思わず立ち止まる。
―えっ? これって。
沙織の瞳がとらえたのは、あちこちの店に貼られた写真だった。通りの奥まで続いている。
それは沙織が書いた揖斐良平の似顔絵写真だ。上品なハットと目尻の泣きボクロが何よりの特徴だ。
どういうこと? 眉根を寄せて、首をかしげた。
その時、背後から声をかけられた。
「よう、お嬢さん」
振り返ると中年男性が立っていた。
その人物のことを思い出すのに、さして時間はかからなかった。
「あっ!若葉にいたおじさん」
昨日、東口の若葉という居酒屋で、沙織に情報を与えてくれたタヌキ面の中年男性だった。
「まだ探してんだろ? そのじいさんのこと」
「うん……、でも見つからなくて」
「一人じゃ大変だろ。みんなで探そう」
タヌキ面の男性はアゴで似顔絵写真を指した。ということは……、沙織はすぐに察しがついた。
「これって、まさか?」
「蒲田の飲み屋で、オレが行ったことのない店はないぜ。みーんな、顔馴染みだ。へへっ」
タヌキ面の下唇が見得を切るように突き出た。
沙織の予想通り、この人が店じゅうに頼み込んだらしい。タヌキの名前は田崎といった。
「ありがとうございます、タヌ……田崎さん」深く頭を下げた。ありがとうぽんぽこタヌキおじさん、と心の中でつぶやいた。
蒲田の街が、一人の女子高生の願いを叶えようとしていた。沙織の目には、希望の街に映った。涙をこらえて、沙織はさらに揖斐良平捜しに奮闘した。
揖斐と思わしき人物と会話を交えた飲んべえ達から、わずかながら情報を得た。
フランスで働いていて、仕事の用事で日本に戻ってきたということ。その日はホテルに泊まる予定と言っていたこと。
一体、何者なのだろうか―。