「それでも、三途の川で婆ちゃんが俺の手を握ってくれてなかったら死んでたと俺は思うんだよな」
「お婆さんは家で寝てたんでしょ? お婆さんは亡くなったの?」
「それがさ、おかしいんだ。発表会の次の週の日曜日にヒョッコリと自治会館に顔を出したよ」
「なんだ、よかった。じゃあ、貴方の見た沼とか川は三途の川じゃあなったんだね」
「それがそうでもないんだよ。婆ちゃん、ガンでさ。右腕も骨肉腫で失ってたんだって。大人達は知ってたけど、子供には知らされてなかったんだ。婆ちゃんが町内会館に顔を出したのは後から思えば皆とのお別れだったんだよ。それから1ヶ月後に亡くなって、葬式を自治会でやったんだけど、その時に発表会の課題曲を皆で歌って送り出したんだ。もう皆で泣きながら歌ってさ、ああ、今でも涙でてくるな」
俺は目をうるませた。
「あの彩がだよ、シュンとなっちゃって落ち込んじゃって、まあ三日後にはしっかりご飯食べてたけどな。でも、たぶん、婆ちゃんがガンで死んだことが引き金になって、彩は医者になったんだよな。それと笑えるけど、婆ちゃんの演奏見て、さっそくピアニストを諦めて、医者になるって、決意表明したのアレからすぐ後だったしな。考えてみたら彩は小学生だったのに将来のことまで考えてて凄いよな」
「なら家族的な大事件じゃない、初めて聞いたわ。彩さんだけじゃなくて、貴方もシッカリ影響受けてるじゃない」
「まあな、違いない。この街に来たから話す気になったのかも。隠してたわけじゃないよ。あれから親も大晦日の第九合唱に参加するようになったしな、言われてみると俺らずいぶんと影響受けたよな。婆ちゃんのあの時の演奏、その感動は色あせないんだ。昨日のことみたい。でもさ、婆ちゃんの顔とか、皆の顔とか、自治会館のこととか、街にあった建物とか、少しずつボンヤリして、たぶん忘れるんだよ。今ならスマホで気軽に写真とっとくんだけど、あの頃なかったからな」
「住んでたところって、ココから見えるの?」
俺は少し離れたとこにある大きなマンションを指さした。指さしていたが、微妙に自信ない。
「うーん、隣にあんなビルあったかな? ココからは見えたはずだけど。古い商店街と住宅街の境くらいだったから。あのへんかなぁ。近くの建物なんにも残ってないからな。俺らは婆ちゃん亡くなった後すぐに横浜へ引っ越したし」
「まあ、いいかな。だいたいあの辺ってわかったから。それで、会えないまま、お婆さんは亡くなったの?」