僕は飴に角を作るために噛もうとした。でも歯がガチガチ言ってて、舌が緊張して飴が口の中をフラフラしていた。
「隆史頑張れ!」
誰かに大声で自分の名を呼ばれた時、飴が喉に入った。
『……』
息ができず、声を上げたかったが、空気がでなくって。最初は近くの大人が「大丈夫?」とか言いよってきた。
背中を叩かれるが、喉につっかえた物は出てこない。あせった。そのうちに僕は膝も床について、とうとう、床に転がった。苦しくて、苦しくて、恥ずかしくって。
そのうち目の前が真っ暗になって、耳から周りの音だけが聞こえて、皆が騒いでいるのがわかった。父親がなにか叫んでいて自分を呼んでいるのだけはわかった。
そのうちに、目の前が明るくなった。沼地にいた。沼地の近くに川が流れてて、川のそばには梅木があって、枝には花が咲いていた。遠くには富士山がくっきりと見えた。
声がした。
「そっちへ行くのは、隆史じゃないよ」
左手が強く引っ張られる気がして、俺の腹やら胸などが叩かれるような気がして、でも手はずっと握られていて。
左手が暖かくって、ギュッと手を握りかえした。
◇◆◇◆
いつの間にか、俺の顔を見ている妻がいるのに気がつく。妻は飴を詰まらせたのが自分のように喉を抑えていた。
「で、気がついたら、俺は大人に抱えられてて逆さになってて、喉からでた飴がコロコロと床を転がってくのが見えたんだよね。でさ、ウチの町内の人から、隣の町内の人、観客達、ビルの従業員の人達まで俺を中心に遠巻きに集まっててさ」
「俺が目を覚ましたら、皆が歓声上げて、手を叩いて、肩を抱いて喜んでんだよ。そんな大注目の中、俺はワンワン泣いてて。驚いたんだ、何十人、いや百人以上いたよな、皆がコッチを見て、目を覚ましたって、声を上げてるのに驚いてさ。発表会は中止になっちゃって、まいったよ」
「ふーん、それが貴方がココで死んだっていうオチ? でも、目の前が真っ暗になるって危険よね。あ~助かってよかった。」
「ああ。抱えてくれてたのは警備の人と、どこかの若い人。背中を叩いたり、喉に指を突っ込んで飴をとってくれたのは看護婦さん。携帯電話なんてないから下の階に救急車を呼びに行ってくれた人とか、大声出して俺を呼んでくれる人とかもいて、ココにいた人全員で俺を心配してくれてたんだよ。屋上にいた全員が足を止めて、俺を見守ってくれてたんだ」