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『左手婆ちゃんと魔法の杖』秋之ノリ

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 婆さんの歌声が最初の歌詞をのせた時、合唱団全員で歌っている音量よりもずいぶんと大きく力強く僕の耳をふるわせて、ダイレクトに胸を叩かれている感じがして不思議に涙がでてきた。世界の音が全部、婆さんの喉から発せられているような気がして。自分たちで練習で何度も何度も歌った歌詞なのに、婆さんの声にのせて耳に届いたソレは全く別の音に聞こえた。いままでも婆さんがお手本で、唄ったり、演奏したりするのを聞いたけど、今度ばかりは何か違う。

 静かな調べの中に強くて熱い言葉が織り交ぜられていて、苦しいときも仲間どおしで助け合って生きていこうよと、唄が続く。

「……ありがとう」

と歌を結び、婆さんは声と左手を置いた。静けさがホールにただよった。婆さんは楽しそうだった。天使のような笑顔だった。

 僕らはシーンとなって、それでいて、僕らはなんてステキな時間を婆さんからプレゼントされたんだと思わずにはいられなかった。蒲田の町内会の自治会館の部屋が、ウィーンのオペラ劇場や、国立劇場にも劣らぬ空間に思えた。一瞬だけ。

「この間の発表会だけど、やっぱり人前で歌うと、皆は縮こまっちゃうんだよねぇ。最初の頃はみんな気持ちよく楽しく唄ってたのにねぇ。今は皆が上手くなりたい上手くなりたいって気負い過ぎなんだよねぇ」

 婆さんは、少し寂しそうな表情をさせて、そう言った。皆は婆さんをじっと見つめていた。唄った後は元気の良かった婆さんの顔色がひどく悪く思えた。今の歌で自分の命も燃やして唄って皆に聞かせたかのように思えるほどに。

 さきほど乱入してきた酒瓶をもったオジサンが目を丸くして。

「な、なに、あんたプロ?」

 婆さんは、オジサンに微笑みを返した。

「私が教えられることは、もう皆に伝えたと思っているんだ。でも、素人がある程度できるようになるのは早いけど、一段上にいくにはキッカケがどうしても必要なんだ。皆の合唱は、もうそういったレベルに達しようとしているのさ」

 正直、小学生の僕には理解ができずにいた。妹は目を丸くして、魔法にかかったように、魅入られたように婆さんの左手をジッと見つめて、まるで銅像のように瞬きもせずに立ち尽くしていた。

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