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『左手婆ちゃんと魔法の杖』秋之ノリ

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 角の家の吉岡のオバサンが拳をにぎって言う。吉岡さんは買い物帰りに練習を聞いていたところ、婆さんに手をひかれて引き込まれた口である。今では欠かさず参加している。

「でもさ、あっちは中学校の音楽の先生が指導してるって話だよ」
 これは誰が言ったかわからないほど、ボソリとホールに伝わった。皆は浅野さんに失礼だろと思って、口をつぐんだ。いつもは陽気で賑やかな皆がめずらしくシーンとなること自体、なんだか違った。

「はん、なんだね、いまさら私に気遣いかい? 負けたくない? 先生? 先に始めた?」
 婆さんだけが変わらずポジティブな言い方で、吹っ飛ばす。恨みこもった言い方をするわけもなく、あっけらかんと明るく大声で言い放つから、皆は救われる気持ちになった。

「はははっ」

 皆が頭を掻くように笑った。大勢の笑い声に赤ん坊が泣き始めた。その子の母親が「ごめんなさい」と言いながら近づいてあやし始めた。誰もそれをとがめないし、むしろ暖かく見守っていた。

 ドアがガラガラと開いて、酒の瓶をもったオジサンが入ってきて怒鳴る。
「ウチのかあさん、来てるかな? つまみがないんだよな~」
 僕の隣にいた吉岡のオバサンが小さな声で「少しは私の好きなことを……」と呟いた。

 皆が別々の方に顔を向けてザワザワと雑談を始めた。休憩時間がはじまったかのような砕けた空気になっていた。僕は子供ながらに、あと一週間で自分たちで納得できるとこまで練習できるのかな? とか思ってしまった。

 そんな中、妹の彩だけはじっと婆さんを見ていた。あまり笑ったり怒ったりしないのだが、珍しく妹はほっぺを膨らませていた。僕は妹の様子が気になって妹の方をずっと見ていた。

 視界の端にはいってた婆さんが左手で自分のフトモモを叩くと、妹の方へ向かって歩いていき、彩を立たせた。婆さんは椅子に座ると、背中を左手でポンポンと叩くと、さらに背筋をピンと立たせ、でも左肩と腕の力を抜いた。だらーんと。

 そして、皆に声をかけることもなく、発表会の課題曲の伴奏を弾きはじめた。

 ピアノの前奏が窓の外から風にのって流れてきたのかと思うほどに漂った。突如にテンポが早くなったところで、演奏しているのが婆さんだと皆が気がついた。泣いていた子供が口を開けて美しい旋律を奏で始めた木の箱を見つめた。もちろん泣きやめて。おっさんさえも床に座った。

「みんなで……」

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