銀盤を叩く手を止めたのは、一個年下で小学五年生の妹の彩であった。妹は婆さんになついてピアノとか歌を習ったりしているそうだが、僕は正直、浅野の婆さんをあまり好きじゃなかった。
なぜって……なんとなく、話し方が遠慮なくってズケズケと言う方だし。こうしなさい、とかいわれると何か説得力があって嫌とはいいずらい雰囲気をもっているのだ。威圧感とかじゃなく、凛として言われると嫌と言えない感じになるのだった。
それと、言いにくいけど、婆さんには右腕がない。自分と違う体が、なんとなく小学生の自分には怖く感じてしまうのだった。そう思うこと自体が、自分自身を傷つけて罪悪感に悩まされて、なおさら婆さんに近づきたくない、と思ってしまうのだった。
「どうしてだろうね、練習だと皆、よく声も出るのに。おかしいねぇ」
どうやら今日は上手に歌えているらしい。一人を除いて集まっているほどに、一週間後のデパート屋上での発表会へのモチベーションは高い。それなのに皆はモンモンとしていた。
というのも、先週の週末に町の老人会を観衆にリハーサルをさせてもらったのだが、その結果が思わしくなかったのである。バラバラで皆が上手く歌えてないと感じたのに、老人たちは大喜びだった。だからモンモンなのだ。
合唱団を続けてきて、観衆に拍手されるのが面白くなってきたのだけど、自分たちの力の限界も見えてきて、なんで上達しないのか全体で悩んでいた。だから、なんとなく重い雰囲気で、解決できないから皆をやけにさせつつあって、緊張感をもなくさせつつもあった。
彩がピアノの鍵盤から手を離した。そのピアノは、合唱団を結成したときに元商社マンであった田中さんが、もともと娘が使っていたものだけどと寄贈してくれたものである。茶色いベレー帽にチョッキを着たオシャレな田中さんが、町内の『まとめ役』らしく言う。
「商店街には負けたくないなぁ」
田中さんは負けず嫌いだ。この合唱団を婆さんと引っ張ってきた意地もあるだろう。
「そうだよ。私達は商店街より先に始めたのに」