「植村を知っているだろ」
「ハーモニカが上手かったやつだ」
「やつが親子二代の不動産屋で、昔は、この一帯で手広く商っていたものさ」
「いまはダメなのかい」
「町の不動産屋なんぞ時代遅れで、中古マンションの仲介で細々と息をついでいるらしい」
「だれだって、かつかつ、生きているのさ」
「中古マンションを買えるカネはあるのか」
「住まいと家財道具を売って、二千五百万円になった。それが手元にある」
「半分使えるとして、千二百五十万円か。きびしい」
「年金があるので、余計なカネはいらない」
「じゃ二千五百万円ぜんぶ使えるな」
「蒲田に腰をすえて、蒲田で死んでゆく。骨を拾ってくれるか」
「こっちが先かもしれんぜ」
「ガンで、余命一年だ。ホテルの孤独死はイヤなのさ」
「すぐそこに、蒲田には不釣合いなくらいの大きくてりっぱな東京蒲田病院があるぜ」
「病院死はもっとイヤだ」
「マンションを買えなんて、つまらんことをいってしまったな」
「そうでもないさ」
「というと」
「多摩川べりにマンションがあった。半年でも一年でも、そこに住んで、死ぬまで、毎日、夕焼けを見ていたい」
「飽きるぜ」
「そういうもんか」
「植村を呼んで、三人でのもう、のめるのだろ?」
「たばこはやめたが、酒はやめちゃいない」
アパホテルにもどって、スツールの上に妻と娘の遺影をおき、床の上に腰を下ろした。
それが長年の習慣で、遺影に語りかけるでもなく、安物の国産ウイスキーをすすった。味などわからない、胃がかっと熱くなって、頭がぼんやりしてくると、生きていることの苦痛がやわらいでくる。酒が大きな手で背中をさすってくれているような気がした。
一年前、吐血して、救急車で落合の聖母病院に収容された。十二指腸ガンだった。数日入院したのち、治療を拒んで退院した。自殺するつもりで、手首を切る出刃包丁を買って、妻や娘と暮らした家をでた。
旅に出て、山へ入り、無人の海岸を歩き、岬の小道をうろついた。
いつでも死ねたが、今日一日、生きて、明日、死ぬこともできた。
そうか、蒲田だったか、おれには蒲田があったのだ。