でもね、本屋のおじいさんに娘さんなんていたかしらって、ママが言ってた。
そうそう、息子さんじゃなかったかって、うちのママも。
お姉ちゃんがいたんじゃない?
きっとアルバイトの人よ。
どうしてあんな暇そうな店にアルバイトが必要なのよ。
ねえ、結婚していないのに一体どこに行っていたの?どうして逃げたの?
だからあ、芸能人の恋人がいたって言ってるじゃない。
誰かがマミちゃんの話を始めると、どこからか集まってきた女子たちが次々に情報や疑問を持ちより、輪ができていた。彼女たちの話のほとんどは自分の母親からの受け売りだったけれど、どれがどこまで本当なのか結論は出ないまま、堂々巡りの会話に飽きると別の話題に移ってしまうばかりだった。
私も興味があった。だけど、馬鹿っぽい男子たちや、ちいさなオバサンと化した女子たちの輪に加わりたいとは思わなかった。だってなんだか、とても軽薄な気がしたから。物珍しい動物を見るかのような、単純すぎる興味の矛先にして結果なんの責任も持たないような、そんな雰囲気が嫌だったから。
その頃はまだ名前も知らなかったけれど、私はマミちゃんを、夏みたいな人だと思っていた。暑苦しい、うんざりするような夏じゃない。言葉にできない高揚感をはらんだ、叫びだしたくなるような夏。なのになぜだか、悲しくなるような夏。
マミちゃんはいつも白いシャツに淡い寒色のロングスカート、スニーカーを履いていた。黒く長い髪をひとつに結って、たまに、店先を掃きに外にいるときもあった。スラリと背が高くて、モデルさんみたいだった。レジにいるときにはいつも、物思いにふけるようにぼんやりとしていた。お化粧はほとんどしていないように見えたけど、透けるように白い肌はお人形みたいで、細く長い指先には、いつもハッとするようなブルーのマニキュアが塗ってあった。
水色や薄い緑、紫といったスカートの色、そしてブルーのマニキュア。夏を思わせる色だったからかもしれない、マミちゃんを夏みたいだと思ったのは。だけどどこか、ガラス越しに見えるマミちゃんの横顔には、今にも泣きだしそうな、水分を含んだベールがかかっているようにも見えた。それは湿気を含み、忘れないでと言わんばかりに肌に絡みつく夏の風みたいな。
町内の夏祭り、風になびくお祭りの飾り、屋台、綿菓子の甘い匂い、水中を泳ぐ金魚の背、涼やかな柄の浴衣。夏休み、昼前のアニメ、冷凍庫の中のアイスキャンディー、水玉模様のワンピース。熱くなったアスファルトの上を、サンダルで駆けていくときの頬に触れる髪の感触。そしてそんな時間が、驚くほどに一瞬で過ぎ去ってしまうと知っていること。その相反する何かが、全く同じ分量で、完璧に独立して、自分の中に在る。その複雑な気持ちの全部を、私はマミちゃんを見るたびに、今まさに経験しているかのような感覚でもって思い出してしまうのだった。