「俺も。」
そして戸崎も。結局私たちはパスタを食べきれず残してしまった。そしてお腹が一杯で動けない体をすこし休め、お店を出ることにした。
「すみません。ちょっと残しちゃって。」
お会計の時、戸崎が店長に謝った。
「いいよ、だいぶ久しぶりでしょ。すこし量をサービスしてるから。」
無愛想な店長はこちらを見ないで、ぼそぼそと言った。そして覚えていてくれていた事に驚いた。よく通ったとはいえ20年前の客なのに。
「ありがとうございます・・・。」
何かを話そうかと迷ったが、結局話を続けることができず店を出てしまった。
お店を出た私たちはなんとなくお店の外観を眺めていた。
「ここら辺一帯が商業ビルに変わるのか?」
「そう。もうほとんど話は済んでるからな。遅くても来年の頭には作業に入るんじゃないか。」
戸崎はあまり抑揚のない声で話す。どんな気持ちでいるのかが読めない。
「寂しいな。」
「・・・。」
戸崎はじっとお店やその周辺を見ている。
「ここの店長な、立ち退きの話をしに行ったとき案外すんなり応じてくれたって言ったよな。」
「ああ。年だからだろ。」
「それとな、『しょうがない』って言ってたらしい。」
「なにが『しょうがない』んだよ?」
「さあ、時代じゃない?ここだけこのまんまって訳にはいかないでしょ。」
「そうか。」
「俺だってなくなるのは寂しいけどな。それが“街”だろ。」
戸崎の“それが街だろ”というフレーズになんとなく納得してしまった。無くなってしまうものもあるけれど、そこに新しいものが出来る。そうやって街の時間は流れている。パスタの大盛りを食べることくらいしか脳がない18、19の若造だった戸崎が今は街を動かす一員になっている。だけど、それも時間が流れれば次の世代へと変わっていく。寂しいけどしょうがない。きっとそれが“街”なんだ。
「それじゃ、行くか。」
お店を見ていた戸崎が歩き出す。なんだかその後ろ姿が妙に大人っぽく見えた。
「あ、それとな、今度子供生まれるんだ。」
「え、嘘。」
「本当。」
「いつ?」
「夏。」
「もうすぐじゃん!聞いてないよ。」
「言ってないからな。」
驚く私を無視して戸崎はズンズン前に進んでいく。結婚もしていない自分にはショックだった。なんだか戸崎の背中が大人っぽく見えた。