俺は答えていた。あの脚の持ち主が彼女だと証明できない。歩きかたで彼女だと確信したが証拠などないのだ。しかもスエット姿でスニーカーだった。思い違いと言うこともある。「確かに彼女だと確信したが、見ていないのだ」と自分に言い聞かせた。
「防犯カメラに写っていないのですか?」
慎重に聞いてみる。どうやら朝の6時ごろ宝石店に入った人物はフードを深くかぶり、性別さえ確認できないらしいということが分かった。
それからが大変だった。商店街中がその話で持ち切りとなった。水曜日の早朝と言うこともあり憶測が憶測を呼び、流言飛語が飛び交った。俺は彼女の脚のことは誰にも言わなかった。もちろんあれ以来彼女が通ることはない。宝石店主に疑われたことで店を辞めたらしいと聞いた。
俺は楽しみを無くした。彼女は二度と宝石店に出勤することがなかったからだ。犯人はまだ捕まらないが、疑われたことで深く傷ついたのだろう。
俺は水曜日に惰性のように店に来るが、無力感と脱力感が襲ってくる。もし本当に彼女が犯人だったら・・・そんなことが頭に浮かぶ。いや、そんなことはない。何かの間違いだ。珈琲を飲んだ帰り「美味しかったです。ありがとう」と言った彼女の笑顔と言葉が蘇る。どうしても彼女が宝石泥棒だと思えなかった。いや思いたくなかったのかもしれない。誰かに話せばきっと馬鹿にされるだろう。
水曜日、店でホッピーを飲むことが多くなった。商店街には居酒屋もあるが、今は行けばあの話になる。だから1人でここで飲みたかった。
良く冷やしたホッピーを氷と焼酎の入ったグラスに注ぐ。琥珀色の液体がパチパチと弾け小さな泡が満ちてくる。1人ぼっちの酒席に優しさを添えてくれる。ホッピーを口に含み、彼女をかばおうとしている自分を小さく笑った。
彼女の無実はしばらくして判明した。宝石店の累積赤字は売り上げが伸びたくらいではどうにもならないほどになっていたようだ。盗難事件は店主の自作自演と判明した。宝石にかけていた保険目当てだった。彼女はその計画を実行するための隠れ蓑として雇われ、罪をかぶせられた。預かっていたケースの鍵を店主からの連絡で置きに来ただけだったのだ。
彼女の無実が分かったことは嬉しかった。だがこの店も閉店の危険にある商店の1つだ。他人ごとではなかった。そろそろ覚悟を決めなければならないかもしれない。