「あのやろうわたしの腕と脚が長すぎるっていうのよ。まるでタラバガニみたいだって。失礼しちゃうわ。わたしタラバガニって見たことないけどさ。あんまり自分のガールフレンドを例えるときに使う言葉じゃないでしよ? 超ムカつくからキレちゃった。ひっぱたいてやったわ。アハハハハ」
「生ぬるいですよ。そんなやつもっとぼこぼこにしてやらないと」
「ぼこぼこにしてやったわよ。三百発はひっぱたいたわ」
「さすが!」
「彼泣いてたわ。ちょっとやりすぎちゃったみたい」
「……そうですね。泣くまでぶつことはなかったですね。かわいそうです」
「反省してるわ」
「当然です。さっさと謝っちゃうべきですね」
「そうね」といって彼女はハンバーガーをほおばった。むしゃむしゃ。むしゃむしゃ。
涼しい夕暮れ時だった。すでに太陽は西のかなたへ沈みきろうとしていた。しばらく無言でハンバーガーを噛み砕いたあと思いついたように坂上さんはいった。
「たぶんだけどきっと昨日は世界中の恋人たちがみんなちょっとだけ険悪になる一日だったのよ。ついてなかったのはわたしたちだけじゃないわ。ねえそう思わない?」
「ついてない」って言葉が坂上さんの口ぐせだ。彼女は自動販売機の下に百円玉を落っことした時も恋人に体型をタラバガニみたいだといわれた時も「ついてない」といって笑う。ステキな人だ。
「そう思います」といってぼくは煙草に火をつけた。白い煙がミルクのように夕焼け空へ吸いこまれてゆく。ゆらゆらと。
夜中にココちゃんから電話があったので出た。
「もしもしエイスケ?」とココちゃんは小さな声でいった。
「うん。なあに?」とぼくはきいた。
「今日はどうしたの? どうして鋼のトマトに来なかったの? わたしずっと待ってたんだよ」
「へえ」
「へえってなによ」
「昨日ケンカしちゃったじゃん。だから会うのが怖くてさ」
「もう」といって彼女は笑った。「ちょっとケンカしたくらいでめそめそしないでよ。だらしがないなあ。あなたってほんとにだらしがないわね。そういうとこわたしあんまり好きじゃないよ。ねえ自分のダメなところをちゃんと自覚してる? エイスケってほんとにだらしがなくてダメダメだよ。でも好きだよ。愛してるから欠点も許すよ。ねえエイスケきいてる? すごく愛してるよ」
ココちゃんはけっこう簡単に「愛してる」って言葉を連発する。そういう人だ。べつに軽薄なわけじゃない。素直でウソをつかない人なんだ。ぼくは彼女の言葉を全面的に信頼してる。だからココちゃんが「愛してる」ってぼくにいう時ぼくは心の底から「ああ愛されてるんだなあ。うれしいなあ」って思う。