「わたしが悪いの」
「ちがうよ。悪いのはぼくだ」
「ちがうの」
「そうさ」
「悪いのはわたしなんだったら」
「ちがうさ」
「そうよ」
ぼくらのあいだにはデザートのチーズケーキが二つ置かれていた。ぼくがブルーベリーチーズケーキでココちゃんはパイナップルチーズケーキ。パイナップルチーズケーキをフォークで口に運びながらココちゃんがいった。
「もう吸わないって約束してくれる?」
「うん。ごめんね。もうココちゃんの前では吸わないよ。約束する」
ココちゃんがため息をついた。そういう話じゃないのよって言いたげな大げさなため息だった。
「そういう話じゃないのよ」と彼女はいった。「もう二度とエイスケに煙草を吸ってほしくないの。わたしの前ではもちろんだけどわたしの見てないところでもやっぱり吸ってほしくないの。もう一本も。一口たりとも」瞳をうるませてさあだめ押しの一発だとでもいうようにココちゃんはつけ足した。「エイスケお願い。いっしょに長生きしたいのよ」
ぼくはフォークを皿に置いて立ち上がった。ココちゃんの目を見てぼくはいった。「やなこった」
「エイスケ!」
「やなこった!」
ぼくはココちゃんと食べかけのブルーベリーチーズケーキを店に置き去りにして外へ飛び出した。夜中に彼女から何度も電話がかかってきたけどぼくはぜんぶ無視した。
……やっぱりこれってケンカかな? ケンカかもしれない。ケンカだな。ちぇ。死ぬまでココちゃんとはケンカなんてしないつもりだったのに。残念。
で今日の話。ぼくは十時にアレグレット・ポコ・モッソに出勤して地下二階でスイカみたいに大きなドイツ製のウインナーをダンボールで十二箱売った。悪くない数字だ。隣の売り場では同期の坂上さんがワインの試飲販売をやっていた。ちょっとおいしそうだったので昼頃に十四杯ほどもらった。見回りにきたフロアリーダーのオバサンに酒気帯び労働をこっぴどくとがめられたことをのぞけば今日は特に嫌なこともないいい一日だった。十八時に仕事を切り上げて百貨店屋上のビアガーデンで坂上さんといっしょに夕飯を食べた。ぼくは天津飯で坂上さんはハンバーガー。ホッピーの焼酎割りを飲みながら昨日ココちゃんとケンカしたことを話すと坂上さんはアハハハハ。
「まあいいじゃない。そんなこともあるわよ。人生だもの」と彼女は簡単に笑い飛ばした。
「そうですね。ハハハハハ」とぼくもいった。
昼間のワインで助走がついていたこともあってぼくたちはとっとと酔っぱらって陽気だった。
「そうそうわたしもついてないのよ。昨日彼氏に文句いわれちゃった。彼ったらこんなこというのよ。わたしの体がちょっとでかすぎるって」
坂上さんはモデルみたいな人だ。身長が一メートル八十二センチの美人さん。坂上さんの彼氏さんにはぼくは会ったことないけど彼女がいうにはチャップリンサイズの小さなおじさんらしい。ユーモアのセンスも抜群なのよといつも坂上さんはのろけている。