「ああっ、今テレビみてるのにー!」
「しずね(うるさい)!」
なんの予告もなくテレビの画面が相撲の取っ組み合いの映像に変わった。チャンネルを変えられるのはいつものことである。たまに引き下がらずチャンネルの奪い合いをしたこともあったが、仕舞いにはげんこつをくらうので大人しく引き下がるのが賢い選択なのである。仕方がないので、縁側に放り投げてあったランドセルを持ってきて宿題を始め、今日のできごとを思い返してみるのである。この時期、小学校のクラスではゴールデンウィークの話題でもちきりである。隣の席の女の子は福島のおばあちゃんちに行くと言っていた。田舎の小学校なので、海外旅行をして洒落たゴールデンウィークを過ごすなどというセレブなクラスメイトはいなかったように記憶している。
「今年の田植えは5月4日と5日だから、えーと、、あと6回寝たら田植えだ!」
農協から毎年もらっている見慣れたカレンダーを見上げながら、あと何回寝るを基準に時の長さを測っていた。大人になると6日なんてわくわくする余裕すらなく瞬く間に過ぎていくのに、小学校低学年のころの私にとって、6日間はすごく長かった。まだかな、まだかなと飽きずに「あと5回、あと4回」と几帳面に数えていた。その数が減っていくと同時に、ビニールハウスですくすく育っている苗は、その鮮やかな緑色の芽をぐんぐん伸ばし、田植えの日までには、田んぼへと引越しするのに十分なくらいにまで成長しているのである。
田植えの日。気持ちの良い初夏の朝である。そわそわしてしまってしようがない。妹も同じ様子である。キャラクターのシールブックを見返しているのを朝から5回は見た。いとこのおねえちゃんに見せたくて仕方ないのでだろう。自分もみんなに会えるのが楽しみだ。でも久しぶりに会うのでちょっとだけ恥ずかしい。電話が鳴る。父親が受話器をとった。
「はい、おお、気をつけてこいよ」
「くるって?もうくるの?」
おじさんからの電話だった。今から家を出るので15分程度でうちに来るらしい。この時点で私たち兄妹はわくわくのピークに達している。うちの家は河岸段丘の地形のなかほどに建っているので、橋を渡って一本道の坂を登ってくる車を2階の窓から見ることができる。登ってくる車をひとつひとつ妹とじっと見つめながら、おじさんの車を認めるまで待つ。
「きた!あれだよ!きたーーっ!」
「いくよ!」
妹と階段を一気にかけ降りる。妹は「きゃーっ」と変な声を出している。
「もうくるよ!」
台所にいた母に報告したあと、父親の姿を探すが、もう作業着を着て外に出ていた。おじいちゃんも、いつもの外用の作業着を着て軽トラックのエンジンをかけていた。
「おはようございまーす」
「来たなぁ、やろめら(野郎たち)」
父の挨拶の仕方もぶっきらぼうである。おじいちゃんと親子なのがよく分かる。
「ねえねえ、さーちゃん見てぇ!」