明彦はビールを一気に飲み干した。
「すいません、ホッピーのセット!」
田代も便乗し、
「あ、ナカ1つ!」
と、焼酎をおかわりした。初めてホッピーを注文した明彦は、なんだか良い事をしている気がした。娘は高校受験を控え、ゆくゆくは大学に行く可能性だってある。元気にバリバリと働かなければならない。明彦は空になったジョッキを置くと、しみじみ語り出した。
「そっか、薫ちゃん、パパの体を心配してくれているんですね」
「そうなの」
田代が今日何度目かわからない満面の笑みを浮かべた。
「いいなー」
「え、でも池本さんちのしおりちゃんもパパ想いでしょ?」
「全然! 今、しおりも田代さんとこの咲ちゃんも14じゃないですか。年頃というか、もう反抗期の真っ只中ですよ。女の子ってあんなすごいんですね。お互い頑張りましょうね、田代さん」
明彦の娘と田代の一番下の娘は同級生なので、田代もさぞ手を焼いているのだろうと踏んだ。だが違うようだった。
「そんな大変なんだ?」
「パパ嫌いがここのとこ激しいですよ」
「へー、咲はそうでもないけどなあ」
「え、咲ちゃん、そうなんですか?」
「うん。うちは薫とも咲とも仲良いかも。咲なんて、俺がホッピー以外の酒を飲むと怒るもん。体に悪いよ、って」
「いいなー! 俺んとこなんて、体の心配してくれませんよ。逆です、逆」
「逆?」
満面の笑みだった田代の顔は、いつの間にか不思議そうな表情へと変わっていた。
「うちの子なんて、俺が病気になるの楽しみにしてますよ」
「それはいくらなんでもないでしょー」
「だって、女房に俺の保険金がいくらおりるのか聞いてますもん」
「わお……」
明彦の脳裏に、家での悲しい思い出がよぎる。
一言も口をきいてくれない娘。何かと話しかけ、会話の突破口を見つけようと奮闘する自分。妻がちょこちょこ間に入ってアシストしてくれるが、娘はずーっとスマホを眺めたまま。妻と娘は仲良いのに。自分は煙たがられる一方で、挙げ句の果てに「うるさい!」と怒鳴られた。
「もー、ママ、何なのあいつ!」
あいつ呼ばわりに、さすがに妻も叱る。
「あいつじゃないでしょ、パパでしょ」