田代は待ってましたと言わんばかりに話を始めた。
「もう30年近くずっとビールビールで来ててさ、もうこんなんになっちゃたじゃん?」
田代はそう言って腹にたっぷりくっついた肉を両手で鷲掴みした。
「立派なビールっ腹ですよね。出会った頃はもっとスマートでしたもんね」
「年も年だし、これからいろいろガタが出てくると思うんだよね。それでホッピーにしたの」
「あー、ビールより体に良いっていいますもんね。でもビールのほうが美味いんじゃないんですか?」
「あれ? 池本さん、ホッピー飲んだことない?」
「あ、そういえばないかも」
ホッピーの存在をもちろん知ってはいたが、飲んだ記憶はない。
「いや田代さん、そんなことより俺見逃しませんでしたよ」
「なにを?」
「さっき照れてましたよね? ホッピー頼んだあとに」
「ああ」
なにが「ああ」だよと思いつつ、明彦は田代が照れた理由を探っていく。
「ほら、一番上の娘いるじゃん?」
「薫ちゃんですか?」
「うん。薫がさ、『お父さん、ホッピーにすればいいのに』って言うんだよ」
「へー。え、なんでですか?」
「俺もおんなじこと言った。一番上のは今年二十歳になってもう酒飲めるからさ、『へー、お前ホッピー好きなんだ?』って聞いたら、飲んだことないって言うんだよ」
「ええ?」
「てっきり飲んだことあんのかなと思うじゃん。じゃなんで勧めるんだよ、って」
明彦も不思議に感じた。田代の次の言葉を待つ。
「でさ、ほら、今の子ってスマホで情報すごいじゃん。で、薫が、『ホッピーってコスパがいいらしいよ』って」
え、ホッピーに替えた理由ってそれだけかよ、と思ったが、明彦はビールを一口飲んでその言葉を胃袋に押し流した。
「あと、体に優しいとか」
「あー、プリン体が少ないんでしたっけ?」
「プリン体は少ないどころか、入ってないって言うじゃない」
「ええ!?」
入っていないとは驚きだ。田代は娘の受け売りでホッピーの優れている点をさらに挙げつらね、明彦を驚かせていった。カロリーがビールのおよそ4分の1だと聞いたとき、明彦はびっくりして「それしかないの!?」と敬語を忘れてしまった。糖質も少ないという。
「驚くよねえ」
「驚きですねえ。そんなに良いんだ」
それ以来、田代の飲む酒はホッピーになり、もっぱら家でもホッピーだという。
「うわー、俺、これ飲んだらホッピーに替えます」