「どうした?」
「いえ、なんでも」
「なんだ、いきなり隠し事か?」
「本当になんでもありません」
「そうか」
「追加のご注文はいかがしますか?」髪を短く刈り込んだ店員が丸山部長のジョッキが空いたのを見計らって言った。
「そうだなあ、金のホッピーにするか。柴山君の親父さんに倣ってさ。うれしいことがあった晩には、飲むんだろ? 俺も、柴山君という新たな試練を与えられて、今日はうれしくて仕方がないんだ」
「自分も、金のホッピーにします。丸山部長にお会いできて、うれしいです」
「それじゃあ、私もおなじくお付き合いします」
「私も」
と今日子と曽根も加わった。
白と黒の瓶を両手に構え、目分量で均等にジョッキに注ぐ。黄色い液体と褐色がブレンドされ、金のホッピーの完成!
「柴山君、明日からもよろしく頼むぞ。乾杯!」
「乾杯」
四人がジョッキをあわせた。
いつかは朔太郎も東京に戻ることになるのかもしれない。その時にも酒盛りが開催され、寂しさを紛らわすように金のホッピーを皆で味わうことになるのだろう。もっとも、それはまだまだ先のお話……。
その晩、アパートに戻った朔太郎は、博美からの電話をスマホが着信していたことを知った。会の最中はマナーモードにしていたので、すっかり気付かなかった。
留守電には――営業所の初日はどうだったか? とか、朔太郎が近くにいないと寂しいとか、博美のあまったるい声が録音されていた。
さすがにこの時間は寝ているだろうな……。
早く博美に会いたい。朔太郎は心から思った。
けれどそれは、寂しさではなく、少しでも自分の成長した姿を見せたいという欲求だった。
成長を続けよう。そう思うと、博美が他の男に取られてしまうのではないかといった不安が消し飛んだ。自分が成長しているあいだに、もしも博美が去ってしまったとしたら……それも縁なのだと不思議とあきらめがついた。
――けれど、そんな心配はいらないさ――
ラインを開いた。――なんて打ち込もう?
朔太郎は腹にグッと力を込めた。くっきりと割れた腹筋の凹凸を、身の引き締まる思いで撫で擦った。腹を割ってくれる上司がいるから……。
『腹筋の鍛錬に余念のない部長が上司だから心配しないで――』
博美はどんな顔をして読むだろう?
想像すると、朔太郎は笑いを堪え切れずにいた。