博美とは大学のゼミで知り合った。グループで飲んでいるうち、二人はやがて打ち解けていった。
博美はミスキャンパスを決めるコンテストで準ミスに輝くほどの美貌の持ち主だが、見た目ほど生活ぶりは派手でなく、「四、五年OLを経験したら結婚したいな」と口癖のように言っていた。
「やだあ、今迄みたいに会えなくなっちゃうじゃん」
口を尖らせ、博美が不快感をあらわにしたのは、なにも朔太郎と遠く離れてしまうことだけが原因ではないだろう。ここ数年、急激に売り上げを伸ばしている成長企業のキサラギ工業にせっかく入社できたというのに、一線のラインから外されたとなると、今後の出世はあまり見込めないな……お給料もそれほど期待できないかも……そんな人と一緒になって大丈夫かしら……そんな打算が頭のそろばんをはじく気持ちもあったろう。
そんな気を察して朔太郎が言った。
「なかには、戻って来たとたん、出世ラインに乗って活躍を始める先輩もちらほらいるんだ」
「ふうん……」
「早ければ一、二年で戻ってこれるらしいからさ。とにかく頑張るから、待っててよ。それに、できるだけ、会いに来るように努力するからさ」
「うれしいけど、無理しないで。交通費だってバカにならないから」
「そうだけどさ」
「旅行がてら私も遊びに行くよ。そう前向きに考えたら楽しくなるし」
博美は機嫌を取り戻したみたいだ。
けれど、実る遠距離恋愛の少ないことは朔太郎も知っていた。
博美に群がる虫が多いことも……。
就職活動を始めるまで、朔太郎の頭にはキサラギ工業のキの字も就職先の候補には入っていなかった。
大学生活を謳歌していた朔太郎だが、三年生になると、とたんに就職部の職員から召集を受け、将来を見つめるよう強要された。俗にいう、自分探しの旅だ。
「俺って、なにがしたいんだろう?」
学生時代の先輩を訪ねると、
「朔太郎は営業がむいてるんじゃないか? 人の懐に入るのがうまいし、発言もハッキリしていて、それなりに笑顔もいいしさ」
家電メーカーに的を絞った。
日頃、世話になっている商品だからだ。
「だったら、キサラギ工業がいいかなあ……」
自宅にある家電品を調べたところ、思いのほかキサラギ工業の商品が多かった。
父の趣味なのだと知った。
「お客のことを考えて、徹底的に使いやすさを追求した商品が多いよな。この会社は」父は言った。
面接ではそのことを発言した。
運よく内定を得た。
晴れて本社での入社一日目を迎えた。
明るい未来が開けているように思えた。
人違いではないかと思った。
「丸山といいます。よろしくね」