「柴山と申します。なにとぞよろしくお願いいたします」
地方営業所の初日、朔太郎は深々と頭を下げ、「本当にこの人が丸山部長?」と訝った。
絵にかいたような恵比須顔。頭髪はやや薄い。上背は低く、体系はややぽっちゃり。六十手前とあって、少々猫背が気になった。
体育会系どころか、これじゃあ腹筋の一回もできないんじゃないか?
どこが腹筋の鍛錬に余念のない人なんだよ……。
聞いてた話と真逆じゃないか。
きっと、先輩方の悪い冗談だったのだろう。
田所先輩も、「徳さん」だなんて、なんだか下に見た呼び方だったもんな……。
満面の笑みで差し出された丸山部長の手を、朔太郎は冷ややかな思いで握り返した。
「それで、なにから始めればいいでしょうか?」
「そうだね。いきなり新規の営業というのもなんだから、まずはうちのルートを紹介しておこうか。松岡さん、柴山君を連れて行ってもらえるかな」
「はい、わかりました」
爽やかに歩み寄ったのは、三十代前半、しかし年齢よりははるかに若く見え、朔太郎の少しお姉さんといった雰囲気の女性だった。
「私、松岡今日子といいます。よろしくね」
「柴山朔太郎です。よろしくお願いいたします」
今日子がさっそうと手を差し出した。
朔太郎はジャケットの裾で手のひらの汗をぬぐった。
思えば、博美以外の女性の手を握るのは久しぶりのことかもしれなかった。
そのさまを終始、丸山部長はニコニコと目尻を下げて眺めていた。
「丸山部長って、どんな人ですか?」
社用車での移動中、朔太郎は訊いた。
「そうねえ……気になる?」
今日子は慣れた手つきでハンドルを握りつつ、言った。
「数年前、こちらの営業所にいた先輩が言ってました。丸山部長は腹筋の鍛錬に余念のない人だって」
「腹筋の鍛錬? なにそれ?」
「わかりません……。体育会系の人なのかと想像していたんですが、実際に会ってみたら、あまりにイメージと違っていたものですから……」
「あ、先輩って、田所君のこと? 田所君、元気?」
「はい、それはもう。営業成績もグングン伸ばしちゃって。憧れの先輩です」
「そう。あの田所君も、後輩からそんなふうに慕われるようになったんだ」
今日子が懐かしむように目を細めた。
「あの頃は……こっちに来た頃は、線の細い、いつまでこの会社で続くかしらって不安を感じさせるような若者だったのよ、田所君て」
「そうなんですか? とてもそうは見えないな……」
「けどね、そんな田所君の不安や悩みを、丸山部長がぜんぶ払拭してくれたのよ」
「へえ……。僕が言うのもなんですが、なんだか……ただ穏やかなだけの、ろくに部下に注意も叱責もできないような、事なかれ主義の人のように、見えちゃいましたけど」
「人間分析が趣味?」
「嫌いではないかと」
「そうなんだ」
「言い過ぎましたか? 初対面の部長に対して、ろくに知りもしないくせにって思ってますか?」
「別にいいんじゃない。部長が直接聞いたって、怒ったりしないと思うけど」
「……だからかな」
「なにが?」