「柴山君は、なかなか生意気な男のようだ。いや、褒めてるんだぞ。自分に誇りを持っているし、こだわりも強い。それが悪いことだとは思わないが、うまくいかないときには、壊してもいい誇りやこだわりもあるんじゃないかな?」
「……」
「いやいや、もっとも、これも俺のこだわりだ。壊した方が良ければ、遠慮なく言ってくれ。遠慮なくな。ははは」
丸山部長が朔太郎の肩をポンとたたいた。
朔太郎は思い出した。今日一日、今日子とルートをまわり、そのほとんどが「丸山さん、元気?」などと丸山部長の話題となった。朔太郎は少しばかりおもしろくなかった。自分がこれからの担当になるというのに、みんな、丸山部長のことばっかり……。
丸山部長は顧客に愛されているのだと知った。
「迷惑な話だ」
丸山部長がジョッキをあおり、鋭く言った。
「本社は、ろくに手をかけもせずに、自分の手に余る社員を送って寄こす。まるでこっちを、二軍のファームかなんかと勘違いしてやがるんだ」
朔太郎は驚いた。サラリーマンの見本のように、会社や上司の悪口なんて口にもしない人だと思われた丸山部長が、会社の文句を言い始めたからだ。先程までの温和なだけだと思っていた丸山部長のイメージが、嘘のように瓦解した。
「だから俺は、本社を見返してやろうと、社員に親身になって接してきた。一年、二年と根気よく水をやり、そしてやっと芽を出し、花を咲かせ、実をつけるまでに成長したと思ったとたん、毎度本社が引き戻しやがる。迷惑な話だ。そう思わんか?」
「……」
あまりの迫力に、朔太郎は二の句が継げずにいた。
「柴山君も、いずれ俺の迷惑話の一人となる覚悟があるなら、俺は惜しみない支援を約束するつもりだ。どうだ?」
ゆっくりと伸びた丸山部長の手を、朔太郎はじっと見つめていた。
「どうした? 賛同はできんか?」
朔太郎は、おもむろに口を開いた。
「田所先輩は言ってました。丸山部長と知り合うと、東京に戻るのがイヤになるぞって。けれど……けど、自分はやっぱり一刻も早く東京に戻りたいです」
「そうか……」
丸山部長は気恥ずかしそうに手を引っ込めようとした――その手を朔太郎は追いかけ、握った。
「ただし、それは早く成長して戻りたいという意味です。田所先輩のように、一刻も早く会社の戦力になりたいという意味です。丸山部長、よろしくお願いします」
丸山部長は力強く握り返した。
「こちらこそ、よろしく頼む」
その手は温かかった。そして、頼りがいのある父のような肉厚の手に思えた。
丸山部長の顔に笑みが戻り、やんわりとした空気が漂った。
この人はまるで照明屋さんみたいだ。朔太郎は感じた。ひとりの力で、場を太陽のように明るく照らすことも、慎ましやかに穏やかに灯すこともできる。こんな人になってみたい――。
「柴山君。言いたいことがあったら、遠慮せずになんでも言うことだ。俺も言うからな。お互いフェアでいこうや。それと、ちょくちょく飲もうや」
朔太郎は心の中で非礼を詫びた。いわば本社からはじかれた不出来な者を、嫌な顔ひとつせず迎え入れ、本気で育てようとしてくれている。田所先輩が成長して東京に戻った理由が飲み込めた。当たり障りのない人だと思っていた。誤解だった。まさか、ここまで腹を割って正直に話してくれる人だとは、思いもしなかった。驚きだ。
「――あッ!」
朔太郎が突如叫んだ。