奥歯をかみしめた。
――とっとと、東京に帰りたい――
そんな雰囲気が、全身から滲み出ていたかもしれない……。
「俺は、迷惑だ」
「え?」
丸山部長の空気が、突如変わったように思えた。が、すぐに穏やかに戻っていた。
目尻を下げ、ジョッキを口にやっている。
「柴山君は、すぐにでも東京に戻りたいのかな?」
心を読まれたか? 朔太郎はドキリとした。
ウソをつく必要もあるまい。
まっすぐに丸山部長を見つめ、「はい」と首肯した。
「素直な子だな」
丸山部長はメザシに箸を伸ばし、頭からかぶりついた。
「どうして、こっちに飛ばされたんだと思う?」
「やっぱ、飛ばされたんですかね」
「そうなんだろうな。本社に言わせればさ」
「どうなんでしょうか? 自分では頑張っていたつもりなんですが……」
「そうか……」
場がしんみりとした。
なのに、どうしたことか、丸山部長の派手な咳ばらいをきっかけに、今日子と曽根がニヤニヤと頬をゆらし始めた。
「柴山君は、なんでキサラギ工業に入社したんだい?」丸山部長が言う。
「お客様のことを第一に考えて、使いやすさにこだわった商品を多く世に送り出している企業だと思ったからです」
まるで就職面接みたいに答えた。
「父も御社の大ファンでして……。いえ、キサラギ工業の……」
朔太郎は思わず顔を赤くした。
「うちの商品は売れるかな?」
「売れると思います。買わない方がおかしいです」
「柴山君は売ったか? 東京で」
「いえ、あの、その、それなりに……」
朔太郎はしどろもどろになり、ホッピーを喉に流し込んだ。
丸山部長は言った。
「俺は、ホッピーが本当に好きでなあ。白もあれば、黒もある。柴山君の親御さんが好きなハーフ&ハーフなんて飲み方もある。ナカの焼酎だって、自分好みのものを選べる。ナカを多めにするか、ソトを多めにするか、これも選べる。やれ氷が好きだとか、氷は入れるべきじゃないだとか、こだわりも入れられるしな。まるでお客の笑顔を想像しているかのようだ。これほど自分仕様にカスタマイズできる優れた飲み物を俺は知らんね」
「はい……」
「我がキサラギ工業にも、お客様の笑顔を一番に考えて、日夜商品作りに励んでいる技術スタッフがいる。俺はかれらに敬意を払って物売りに走っている。しかしな、お客に対して、買わない方がおかしいなんて、これっぽっちも思ったことはないよ」
「いや、それは言葉の綾でして……」