所々に置かれたまっ白いテーブルを囲んで、上品に着飾った婦人たちと、タキシードを着た紳士たちが、おしゃべりに花を咲かせています。
ざっと辺りを見回してみたところ、杏珠と同じ、黒髪で背の低い女の姿は一人もありません。だれもかれもみな、モデルのようにすらっとしていて、澄み切った青い瞳をきらきら輝かせています。
その中でもひときわ鮮やかなオレンジ色のドレスを身に纏った貴婦人が、楕円形のイヤリングを揺らしながら、まっすぐ歩いてきました。
「あっ」
杏珠は、思わず短い叫び声をあげてしまいました。
毛先がくるんとカールした栗色の髪といい、筋の通った高い鼻といい、教え子のアンジェラさんと瓜二つではありませんか。
「ちょっとあなた、いったいどなた? 娘の大事なコートを盗んだうえに、勝手にパーティーに忍び込むなんて、何を企んでいらっしゃるのかしら?」
ああ、おまけに、畳みかけるような忙しない話しぶりまで、まったくそっくりなのでした。
「アンジェラさんのお母さんに間違いないわね。わたしったら、アンジェラさんのおうちに来てしまったんだわ。どうしましょう……」
もう頭がくらくらしてしまいそうです。そこに、弓なりの眉毛に鷲鼻のがっしりした紳士が、ジョッキを両手に持って近づいてきました。
アンジェラさんのお父さんでしょうか。愛嬌のある朗らかな笑顔が、とてもよく似ています。
「ようこそ、我が家へ! 君は娘の友達だね? さあさあ、ホッピーのウイスキー割りを、どうぞ」
杏珠は紳士からジョッキを受け取って、軽く乾杯をしました。気持ちを落ち着かせようと、ゴクリゴクリと飲んでいきます。
芳しくまろやかな香りが口いっぱいに広がって、すこぶるいい気分です。
「ふうー、ちょっとひと息、うふふふふ」
次第に、酔いがいい感じに回ってきました。
清らかな音楽に合わせて、心地よく踊りながら、ラララ ルルルリー ララー♪
「おい、杏珠。目を覚ましたかい?」
瞼をそろりと開けると、そこは、ぬくぬく温かい小さな部屋の中でした。やさしく声をかけてきたのは、おおらかな紳士でも、白髭の老父でもありません。
フィアンセの広人さんが、ひょいと顔を覗き込んできます。
(よかった。うちに戻ってきたのね)
杏珠はほっと安心したように、小さな溜息をつきました。肩に心地よい重みを感じて振り返ってみると、若草色のジャンバーがふんわりかけられています。
「あっ、いけない。アンジェラさんに白いコートを返さなくちゃいけないんだったわ。おやおや、どこかしら?」
きょろきょろ辺りを探し回る杏珠をちらりと見やって、広人さんがさもおかしそうにクスクス笑いを漏らします。
「どうやら、何にも覚えていないようだね」
「へ? どういう意味?」
「待ち合わせの時間に学校にいったら、君がエントランスのベンチで眠りこけていたのさ。ぼくが話しかけても、寝言をゴニョゴニョ呟くだけで、こまっちまったよ」
「あら、いやだ。本当に?」
「ああ。そこに、アンジェラさんがコートを取りに来たから、ぼくが責任を持って渡しておいたよ」
「そうだったの。助かったわ。どうもありがとう」