父は僕のグラスに外を注いでくれた。
僕も父にソトを注ごうとすると、
『いい。好みの濃さがあるから。』
と言われた。
僕が父にソトを注いでもらったその行為に対し、『お前はまだホッピーをわかっていない。』と言われたような気がして、恥ずかしくなった。
思っていた以上にホッピーは難しい。
『じゃあ、皆揃ったので、もう一回乾杯しよう。遅れてきたあんたが音頭をとりなさい。』
と母に言われた。
私がグラスを持つと、家族みんなの視線が私に集まった。
僕はまた緊張感が増し、心臓の鼓動が聞こえるのと同時に、結婚式の乾杯の挨拶もこんな感じなのだろうかとふと思った。
僕は控えめに、
『お父さん、還暦おめでとう。乾杯。』
と言った。
母が、
『あんた、もっとシャキッとして言いなさいよ。おめでとう、乾杯。』
と言い、グラスを上げ、みんなで乾杯をした。
家族5人でのはじめての乾杯だった。
初めて飲んだホッピーは、想像以上に強く感じた。
僕はすぐにソトを注ぎ足そうとしたが、父や兄に飲めないと思われるような気がして、注ぎ足すのをやめた。
『こんな日がくるとはねぇ。』
父が満足そうに言った。子どもたちとお酒を飲めるようになったことと、そこまで育て上げ還暦を迎えた自分への満足心なのだろうと勝手に解釈し、感謝なのか尊敬なのかわからないが、僕の中を込み上げる感情が少し涙腺を刺激した。父も心なしか目が充血しているように見えた。
確かに僕も、兄と妹がお酒を飲んでいる姿を見ると、『こんな日が来るとは』と思わずにはいられなかったし、不思議な光景に感じた。
やはり、僕の中の兄弟の思い出は、幼い時から止まっているようだった。
そんなことを考えながら、兄弟の飲んでいる姿を見ていると、ふと幼いときのことを思い出した。
父も母も毎日お酒を飲んでおり、時折、僕たちが遊んでいる中に割り込んできて、戦いごっこやテレビゲームで勝負を挑んでくるなど、めんどくさく絡んでくるのだった。